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「飲み物買ってくるよ。理子、オレンジジュースでいい?」 「うん、ありがとう。私、一服してくる」 平日の昼間の映画館はガラガラだった。並ぶことなくチケットを購入し、夫は飲み物を買いにカウンターへ。私はタバコを吸いに行こうと、喫煙所へと歩き出して。 あ──。 館内のいたる所にベタベタと貼られた、過去上映した映画のポスター。その中のひとつを視界に捉えた私の足は、ぴたりと止まった。 『ね、理子。部屋暗くして観ようよ』 『やだよ、怖いもん』 昔、翔ちゃんと家で観たアクションホラーだ。ゾンビがリアルで面白かった。 『わー、こえーよ! もう無理!』 『あはは、翔ちゃんの方が怖がってるし』 思い出がゾンビみたいに蘇る。結婚して幸せなはずなのに。 ねえ、翔ちゃん。人はどうして、忘れることができない生き物なんだろうね。 夫と観た話題作はまあまあだった。内容よりも、前の席の人が盛大なオナラをしたことの方が、よっぽど面白かった気がする。 映画のあとはまた喫煙所に向かい、マルボロを咥える。翔ちゃんと同じ銘柄なのが気に食わないけれど、長年吸っているものを今さら変えられない。 ふう、とため息みたいな煙を吐いたら、ブルブルとスマホが震えた。 『時間の変更はございませんか?』 メッセージはこれから向かうイタリアンのシェフからだ。かしこまった口調に、ふふ、と笑みをこぼしてから返信をする。 「大丈夫だよ。今日はよろしくね」 『了解いたしました。待ってるよ』 待ってるよ。そのたった五文字に心が乱される私は、本当にどうしようもない。 「理子ー、そろそろ向かう?」 禁煙室から夫が顔を覗かせた。私はあとひとくちだけ、と吸ってからタバコをもみ消す。 「お待たせ。あ、翔ちゃんからも今連絡来たとこ」 「そっか。じゃあ行こう」 夫は全部知っている。私が未だに翔ちゃんと連絡を取っていることも、たまの休日に会ってランチしていることも。
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