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『愛してーるのー』 車内にはとっくに別のアーティストのウィンターソングが流れているというのに、さっきの曲が頭から離れてくれない。 愛してない。あなたなんて全然愛してない。 終わった恋は、まるで亡霊みたいだ。そこにいないくせに、いつまでも私にまとわりつく。 三年前、翔ちゃんと別れた時。私はすぐに部屋を片付けた。彼のお気に入りのタオルもマグカップも歯ブラシも、無駄にふたつあった枕も。全部を捨てて、布団カバーやらカーテンやらまるごと買い替えて、ひとりで大掛かりな模様替えまでした。 なにもかも、全て消した。最初からそこになかったみたいに。 翔ちゃんと出会ったMirageも辞めて、派遣社員として通信会社で働き始めた。親に付いていた長年の嘘すらも、ようやく終わった。 なにもかも終わったのだ。なのに──。 たとえば、朝起きてタバコを吸う時。シャワーを浴びる時。ふとテレビをつけた時。食事をする時。町を歩きながら、巡る季節を肌で感じた時。モモが撫でてとせがむ時。 景色の、音の、空気の、水の、粒子の一粒一粒に。私の身体中の細胞、ひとつひとつに。あなたが絡み付いて、離れてくれなかった。だから。 派遣先で指導員をしてくれた黒川さん──今の夫に交際を申し込まれた時、一度は断ったのだ。忘れられない人がいる、と。 でも、黒川は「それでもいいよ」と言ってふにゃりと笑った。 「いつかいい思い出にするために、これから楽しいことたくさんしようよ」 私はその笑顔を、好きだと思った。 黒川に初めて抱かれた夜は、私は自分が正常な人間であることに心から感謝した。大丈夫、あなたじゃなくても欲情する。あなたじゃなくても、恋はできる。 それなのに──。 亡霊が消えてくれない。もうひとつじゃないのに、私の世界は、隅々まで未だにあなたなのだ。 でも、結婚すればきっと世界が変わる。二年前の冬、そう強く信じた。 あなたなしで幸せになるために。
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