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翔ちゃんに会い続ける私を、親友の怜奈は「だから忘れられないんでしょ」といつもたしなめる。私はそのたびに、
「えー。もう会わないって禁欲する方が、未練たらたらしちゃうでしょ? それに、私達はもうただの友達だもん」
なんて偉そうに言い返すのだ。
だって、あの頃とは違う。髪はすっかり短くて爽やかで別人だし。猫みたいな目は私を熱っぽく見つめたりしない。大きなアヒル口も、甘ったるい愛を囁かない。骨ばった指が私の身体中を這ったりもしない。
私達は "友達" として、関係を再構築しただけだ。やましいことはなにもない。だから、夫にだって話せる。私は夫をちゃんと愛している。
そう、思っていた。でも──。
二、三ヵ月前、翔ちゃんとラーメンを食べに行った時。風邪気味だったのか、軽い咳をしていた私に彼が飴を買ってくれた。
なんの変哲もない、ただののど飴。それを私は食べることもできずに、まるで宝物みたいにドレッサーに飾ったままだった。そして、それを勝手に食べた夫に激怒した。最低だ。
ダメだ。もう、終わりにしなきゃ。私は夫を大切にしたい。
『愛してーるのー』
あの歌、別れの歌なのに、ただ愛してるが言いたくて、二人でよく口ずさんだ。
うん、愛してる。今でも愛してる。誰より愛してる。死ぬほど愛してる。
ずっと、さよならの仕方がわからなかった。
……ううん。本当は、わからないフリをしていただけ。
だって私は、二年前に結婚したことを翔ちゃんに話していない。黙っていたって、今さらなにが起こるわけでもないのに。本当に最低。翔ちゃんにも夫にも不実だ。
でも大丈夫。もう、今日で終わりにする。さよなら、翔ちゃん。
「翔ちゃん、紹介するね。夫の黒川さん」
ねえ、愛してた。頭のてっぺんから足の指の先まで大好きだった。
「幸せになんなよ」
翔ちゃんは昔と変わらない笑顔で言う。
だけどね、私の幸せは──。
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