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大好きでした
「あのう、甘夏統一君ですよね」
「そうだけど」
「うわあ。私、大ファンだったんです!」
「あっそう」過去形かよ。
「あの和菓子職人のドラマ大好きで録画して見てました」
「ああ、『天下統一ねりきり侍』」
「それです、それ」
タイトルくらい覚えとけよな。
「20年前のドラマじゃん」
「はい。大好きでした!」
「よくあのドラマ良かったって言われるんだけどさ、俺他にもドラマ出てんだよ。今週から新しいの始まるし、そっちも見てくんないかな?」
「あっ、すみません。今住んでるところテレビ無くて」
「ネット配信もやってるからさ、見てくれたら嬉しいんだけど」
「ちょい役ですよね?」
「知ってんじゃん」
「ん〜、でもわざわざ見ないかな」
「今の俺には興味ない?」
「そんなことないです! ただ昔好きだった人を見てる感覚です。20年前の15歳の時の統一君が好きでした!」
「35歳の今はダメなの?」
「ん〜。なんていうか、大人になってしまって。ちょっと太っちゃったし」
「15歳の時と同じ体重にはできないよ。俺ガリガリだったし」
「え〜、ダイエットしてくださいよ〜」
「15歳の時と同じ体重になったとして、あの頃みたいにはならないから」
「輝いてましたよねえ」
「今は輝いてない?」
「ん〜と、老いに負けないように頑張ってる感はあるんですけど」
「ちっとは若作りしないと、どんどん老け込んでくるんだよ」
「でもホントに和菓子職人のドラマ大好きだったので、パート2やってほしいです」
「『天下統一ねりきり侍』だよ。そんなに言うならテレビ局にメールしてお願いしてみてよ」
「あっ、はい!」
「俺も監督やプロデューサーに掛け合ってみるからさ」
ネットでも「天下統一ねりきり侍」のパート2を放送してほしいと盛り上がっていた。やはり、あの頃の甘夏統一が可愛かった、輝いていた等書かれていた。
大ファンでしたと直接言ってきた子のブログを見つけた。俺に偶然会えて嬉しかったことと、久しぶりに「天下統一ねりきり侍」を見直した感想が書いてあった。本当にあのドラマが大好きだったようだ。
20年前の俺が載っていた雑誌の切り抜きの写真も載せていた。スクラップブックに貼られていて、赤い花のシールで飾られていた。
「大ファンでした」悪気は無いんだろう。今でも俺の名前を聞くとそれを思い出すんだろう。青春の1ページに俺が居たんだろう。だが、ただの思い出にさせるものか。
それからの日々は「天下統一ねりきり侍 パート2」の為に、ダイエットを始めた。
大ファンだった子達の期待を裏切らないように、食事制限や筋トレをし15歳の時の体重に戻した。ネットでは「やつれた」「病気?」「心配」などと書かれたが20年ぶりのドラマ主演の為だ。絞り込んだ。
「天下統一ねりきり侍」は、表向きは和菓子職人。天下統一を狙ってる武将に美味しい和菓子を提供している。しかしそれは世を忍ぶ仮の姿。敵をやっつけるのが本業だ。そして武将の命も狙ってる。
和菓子を作るシーンの為、久しぶりにねりきりの練習をした。20年前にも指導を受けた和菓子屋の店長にお願いした。
白あんを作って、色をねり込み形を整える。難しいけどこの集中する作業が楽しい。
「統一君は器用だよねえ。うちの店継いでよ」
まあ、社交辞令だろう。
「ありがとうございます。でも俳優を一生続けたいんです」
後日、『天下統一ねりきり侍』のパート2の制作が発表された。しかし新人の俳優が抜擢されて俺は特別出演もなかった。
「くそぉっ」
くやしい。俺はダイエットのリバウンドで激太りした。ネットでは劣化だ劣化だ騒がれた。
和菓子作りは続けていた。師匠が暇な時は来ていいよと言ってくれたから。
「統一君、うちの和菓子屋継いでよ。だめかな?」
「すみません、師匠。どうしても俳優としてやっていきたいんです」
「そっかあ、残念だよ。『天下統一ねりきり侍』も統一君のでまた見たかったな」
「すみません、昔の20年前のを見てください」
師匠が俺の手元を見て言う。
「今、作ってるのは? 赤い花いいね。情熱的だ」
「これはペチュニアです。赤のペチュニアには『決して諦めない』って花言葉が付けられています」
五枚の花びらが繋がったようなアサガオに似た形の花。あのファンだった子のスクラップブックにも貼ってあった赤い花。
あの頃の俺の方が良かったってみんな言う。パート2に出られたとしても「昔の方が」ってみんな言うだろう。
それでいいさ。あの頃はあの頃。今は今。切り離してまた頑張ろう。
また俺を見てもらえる日まで。
完
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