二.北の扉

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・  目覚めた時、夜明け前の空はまだ暗く、天窓をみあげれば星がいくつか見えた。エヒテは部屋でシャワーを浴び、濡れたままの髪をうしろで一本にしばった。  旅の荷物から、候補生に支給されたローブを取り出す。  イオロスのものと違って丈は腰元までだが、同じ濃色をしている。襟元からほどこされた六体の龍の刺繍に、緊張感が高まった。  ローブを羽織って、ふうと深呼吸する。  昨日一晩休んだことでからだもずいぶん軽い。エヒテが大きく伸びをすると、ザイも同じように翼を伸ばした。 「じゃあ、行こう」  一人と一体は部屋を出る。窓のない廊下はまだ、昨晩と同じくらいに暗かった。  ザイの角をゆっくりとひいて、メインホールに着くころには、空は赤みを帯びてほんのり明るくなっていた。  円形になったホールの真ん中では、濃色の長いローブを纏ったイオロスがドーム上の天窓をじっと見上げて立っている。  エヒテは絵画というものをよく知らない。けれど朝焼けを浴びるその横顔は、絵にするにふさわしいのではないかと思うくらい、綺麗だった。 「おはようございます」  挨拶をすると、イオロスがはっとこちらを見た。 「おはようございます」  彼はすぐにいつものようにほほえんだ。エヒテはイオロスに向かって深々と頭を下げる。 「あの、昨晩は起こしに来てくださったのに……ごめんなさい。食事も用意していただいて、ありがとうございました」 「いいえ、候補生のお世話も仕事のうちですから」  変わらぬほほえみを浮かべ、イオロスはまたちらりと天窓を見上げた。 「……朝焼け、お好きなんですか?」 「え?」 「いえ、その……ずっと見上げてらしたので」  イオロスは一瞬きょとんとしたが、「いえ、」と笑った。 「たまに通るんですよ、ここを横切る龍の大群が」 「大群、ですか」  龍は基本的に、群れでは行動しない。家族の単位も、多くて四体までだ。なのに、大群が通るなんて。  エヒテも天窓を見上げ、その姿を想像する。龍たちの何万枚もの鱗が朝日を受けて瞬き、さぞ美しいのだろう。 「ええ……私はそれを見逃してはいけないので、ひまがあれば見上げてしまうんです」  声色が少し寂しげになった気がした。エヒテがぱっとそちらを見た時には、イオロスはすでに北側の通路へとからだを向けていた。
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