一.研究所へ

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 その様子に、イオロスはくすっと笑う。 「でも、あなたは正解でした。ただ普通は——重みを減らす時、龍の背の荷物を捨てることを選ぶんですけどね。代わりにあなたは、自分で飛び降りることを選んだ」  漆黒の瞳がすっとザイを見る。 「自分の龍を、心から信頼しているんですね」  そしてエヒテにやさしくほほえんだ。  ——イオロスはずっと微笑みを浮かべていて、なんだかつかめない人だ。けれど龍に対しては、とても誠実な人間のような気がする。  なんだかうれしくて、自然と顔がほころんだ。 「はい! ザイは、とっても優秀な飛龍なんですよ」  ザイの方を見ると、赤土色の翼を閉じて不機嫌そうにこちらを伺っている。こっちの会話が気になるようだ。 「そのようですね。大人しくて、頭がいい。もうずいぶん長く共にいるのですか?」 「いえ。試験のときに研究所から支給された龍なので、ほんのひと月くらいです」  するとイオロスが、はじめて目を丸めた。 「支給された……? あなた、自分の龍は?」 「持っていません。わたしは移動民で——ずっと、野生の龍のそばで暮らしていたので」  そう明かすと、イオロスは驚いた顔のまま静止してしまった。  ——無理もない。  この国のほとんどの人間は一つの場所に定住して、龍を飼い慣らして共に暮らす。研究所の受験者のほとんどはその環境で育っているので、慣れ親しんだ家の龍を連れて研究所の試験を受けるのだ。  しかしエヒテは、三ヶ月に一度は移動を繰り返す民族に生まれた。特定の龍を飼いならすことはせず、それぞれの土地の野生の龍たちと暮らす。それがエヒテたちの生き方だった。  だからエヒテは、龍を伴わず研究所の試験に赴いた。野生の龍たちを環境の違う都市へ連れて行くのはいやだったし、龍を持たないものは研究所から一体支給されると聞いていたからだ。  そこで出会ったのが、ザイだった。 「赤土の飛龍と……ひと月で、あそこまでの信頼関係を築くとは」  驚き顔だったイオロスはいつのまにか、笑っていた。興味深そうに、エヒテの碧の瞳を覗き込んでいる。  なんだか照れ臭くなり、エヒテは話題をそらそうと口を開いた。 「イオロスさんの龍は、どちらに?」  イオロスの表情が一瞬ぎこちなく固まった。それをとりつくろうように、イオロスは静かに笑みを浮かべた。 「……私も、自分の龍はいないんです」  漆黒の瞳の奥には、悲しげななにかがあった。
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