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Faulty expression:瀬尾 明春の周辺
栗村夢月の存在を、果葉子には知られたくないなぁと思っていたが、ついにバレてしまった。
……いや、正直なところめちゃくちゃ頑張って隠し通そうとしてきた訳でもなかった上に、俺はアイツと未だに関わりが多いから、ある意味当然の結果ではあったのだけれど。
でも、バレるぐらいならもっと頑張って隠しておけば良かったかも。
しつこく付きまとう人間関係が俺の周りに収束し、複雑に絡み合っていく。
きっとリボンのように綺麗に結ぶ事は出来ず、複雑に絡まって、二度と解けないのだろう。
なんたって、相手はあの夢月だ。
存在自体が暗部みたいなもんだってのに、どうやって綺麗に結べと言うんだ。
夢月は幼馴染だ。
俺と夢月の親も仲が良く、家も近いことから、俺はことあるごとに夢月の家に行っていた。
いつだったかはもう忘れたが、一時期、夢月と一緒に学校に行っていた俺は、夢月の家を訪れていた。
夢月がまだ朝食を食べていないというので、何故か俺が夢月の朝食の準備する羽目になった事があった。
……ちなみに、夢月の朝食の準備をしたのはこれが初めてではない。
すっかり把握しきっている戸棚から食パンを取り出し、袋を破ってトースターを開けてパンを乗せた瞬間だった。
ガシャアーン!!
大きな何かがぶつかった音が響いた。
それに続きガラス片が砕け散る音が聞こえ、俺は慌てて音のする方を見た。
その先には夢月が立ち尽くしていた。
夢月の足元を確認すると、粉々になったガラス瓶と中に入っていたシリアルが散乱していた。
次に全身の確認だ。とりあえず夢月が奇跡的に怪我ひとつしていない事に安堵してから声を掛けた。
「大丈夫かよ?」
「何が」
いや、何がってお前……瓶割れた直後っていうシチュエーションで、せっかく人が心配して声を掛けたというのに、なんでそんな返答ができるんだよ。
「いや、何したわけ?」
まぁコイツに反論した所で正当な答えが返ってきたりとか、お互いに熱くなって喧嘩になったりとか、そういう人として普通のコミニュケーションが成立した試しも無い為、不満を全て飲み込み、状況を伺った。
「シリアルの」
「ん」
「蓋が開かなかったから」
……ん?
「……は?」
状況が読めない。いや、正確には勘付いてはいたのだがその内容を信じたくなかった。
まさかじゃないけど、瓶の蓋が開かないから割ったってか?
それも床に、ガラスを打ち付けてか?
コイツは頭がおかしい。
夢月はこういった特殊な考え方の持ち主だからか、中学の時にいじめに遭っていた。
夢月をいじめていた奴を肯定するわけではないが、こういう時は夢月があいつらに目を付けられてしまった理由もわからなくはない、なんて思ってしまう。
俺は中学に入ってからクラスの奴らにいじめられていた夢月を他クラスの中で初めて目撃した人だったと思う。
そして、苦しんでいる夢月に手を差し伸べて、
「大丈夫か?」
そう声をかけたのも多分俺が初めてだ。
……本来ならばここでラブとからぶとかLOVEとかそういう甘酸っぱい展開が生まれてもおかしくない所だが、ここでそんな展開を期待してはいけない。
何故なら、優しさで手を差し伸べた俺に、
「……うわ、ねーわー。お前に助けられるとか毛程も嬉しくねーわー」
こんなことを平気で言ってしまう女なのだから。
初めて出会った幼稚園の頃からそうだ。
夢月は所謂「普通の女の子」ではなかった。
夢月は何を考えているのかわからない。
幼稚園でも小学校に入ってからも、独自の世界観というのか、そういう雰囲気を放っていて周囲からは常に浮きがちだった。
そんなコイツの側にいるのは俺だけだった。
なんで明らかに頭のおかしくて変な奴と一緒に居られたのか、自分でもよくわからなかったけれど、多分俺はコイツの事を、おもしろい奴だと思っていたのだろう。
そう言えば、そもそも「おかしい」とはどういう事を言うのだろうか。
何故、人は時々事やモノに対し「おかしい」という判断を下すのだろうか。
夢月の事を思い出す度ふと、そんな疑問が沸き立つ事がある。
人が何かを指して「おかしい」と判断するシーンは度々あるし、特に夢月と一緒にいる時は、そんなシーン度々どころか日常茶飯事だ。
けれど俺は自分自身のそんな疑問に対し、明確な答えを一つ持っている。
それは「正しい」ことを知っているからだ、と思う。
「正しい」事象を知っているからこそ、そこから外れたものは間違っていると認識できるし、間違っているからこそ「おかしい」と感じるのだ。
俺は、幼い時から夢月と一緒にいて、コイツの事を知っていたから、学校で浮いてるとかそんな理由で避けたりはしなかったけど、クラスが離れてからは、自然と少しずつ疎遠になっていった。
けれど中学に入り、夢月がいじめられていることを知ってから。
コイツの本性を思い出してから。
俺と夢月はまた少し喋るようになった。
夢月にどう思われてたかなんて分からないけれど、少なくとも数少ない友達ぐらいにはなれた気がする。
それで、十分だ。
こんな面倒な奴の友達になるなんて芸当、多分俺にしか務まらないだろうし。
……なんて事をその当時は思っていたが、大学も卒業し、社会人になって自分の世界が広くなった時、
「僕……実は、栗村さんのことが、す、好きなんだ……!」
なんて抜かすバカが現れた。
思わず口に含んでいたハイボールを噴き出しそうになった。
ついでに酔いも少し冷めた。
え、ちょ、……はい?
「マジで言ってんの……?」
思わず漏れた一言に、目の前にいるバカ事、赤城涼太が首をかしげる。
いや、首をかしげたいのはこっちなんだけど。
なんでだ、理由を聞かせてくれ。
俺にはお前が、というより人類が、夢月を好きになる理由が全く理解できない。
もしかしてコイツ、アレの本性知らねぇんじゃねぇの。
夢月は外見だけで言えば、まぁ、可愛いし。
教えてやろうかなぁ。幻想ならば早々にぶっ潰しておいた方が良いだろう。
……いや、もちろん俺だって別にアイツのことが嫌いな訳ではないが、アイツの女としてのいい所ってぶっちゃけ顔だけだろって思うんだけど。あ、あと外面。滅多に見せないけど。
「仄かで切ない運命を感じるんだ……!」
「はいはい、一生感じてろ」
「酷いな明春! 大学の講義で必然的に知り合ってからの仲である僕に、そんな冷たく突き放すなんてないんじゃないか?」
「いやだから何だよ! あの時お前が間違えて入った教室にたまたま俺が居たってだけの話だろが! しかも間違えてんのに気付かずに一緒の講義を受けてたしよお! んなもん必然でも何でもねぇんだよ!」
芝居掛かった涼太の喋り方が鬱陶しく、軽く酒も入っていた事もあり、俺は大声でツッコミを入れた。
それにしても、友達どころか恋心を抱いてしまうなんて芸当をいともたやすくやり遂げてしまう奴がいるもんだから、世間はこうも面白い。
またリボンが複雑に絡まって縺れた気がするけれど。
そんな事を考えながら、最後の一口を飲み干し、店員を呼んで酒のおかわりを注文した。
涼太も慌てた様子で自分の分の酒を追加注文し、1/4ぐらいグラスに残っていたファジーネーブルを飲み干していた。
妙に可愛い酒を飲んでんのが何かむかつく。弱いなら無理して飲むなっつーの。
あークソ。
マジ今日はひたすら呑んで、潰れたい。既に数分前の記憶があやふやだけど。
目の前ではジュースにも等しい甘い酒で既に酔いが回り気味な涼太が、いつになく機嫌良さそうに夢月の話をしている。
そんな涼太の態度に何となくイラついて、足でも踏んでやろうか、なんて事を思いはしたが実行には移さず、行き場を無くした右足をただ自分の左足の上にそっと乗せた。
あーあ。
このとんでもないバカに惹かれちゃってる例の相手は、この世間の広さに気付けているのだろうか。
……ないだろうな。
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