6人が本棚に入れています
本棚に追加
Enervation1:栗村 夢月の思考
自分の事が嫌いだ。
世の中生きづらくてしょうがない。
今日、私は珍しく外出している。
黒のフリースに下はこれまた黒のジャージ。
その上からまたまた黒のパーカー適当に羽織っている。
恐らく親が適当に選んできたものだと思われるが、定かではない。
私は服に興味がない。
化粧にも興味がない。
私の服は家に一着もない。自分の服は全部捨てた。
いつもその辺りに転がっている服を適当に着ている。
着の身着のまま、何となく電車に乗っている。
目的地は、ない。
時間は正午より少し早い時間、だと思う。
時計も携帯も家に置いてきた所為で、残念ながら正確な時間が分からない。
いや、別に残念じゃないけど。
ぶっちゃけ、時間とかどうでもいい。
車内は混雑とは程遠く、私が乗っている車両には歳のいった口やかましいババァかジジィしかいなかった。
そんな死に際の会話達をウンザリしながら聞き流しつつ、地元からどんどん離れていった。
どこへ行こうか。
正直、今日はただ家に居たくなかっただけだった。
家から出られるのならば何処でもよかった。
かと言って別に家で何かがある訳ではない。
嫌になった理由は自分でもよく分からない。
強いて言うならば、あの家には陰鬱とした自分の思考がべっとりとこびり付いていて、ずっと居ると吐き気がしてくるから、と言ったところだろうか。
嫌いな奴の思考回路なんて、悪でしかないし興味がない。
嫌いな奴ってのは、自分にとっては只でさえ面倒くさい存在なのだ。
死ねば良いのにと思う。
けれど、どう足掻いたって無駄だ。
どんなに考えたって無理だ。
叶わない。
嫌いな奴の思考回路が私から離れることは永遠にない。
だって、私にとって死ねば良いと思う奴とは、当然の事ながら自分な訳だし。
けれど、死ぬなんてそんな軽い事だけでは足りないぐらい自分の事は嫌いだから。
死ぬぐらいじゃ許せない。そう思う。
仮に私が死んだところで、何か変わるのだろうか?
私の周りは確かに何か変わるのかもしれない。
けれど、そんな少人数の運命なんて自分にとっては些細な問題だ。
うん、本当にそんな事はどうでもいい。それよりも重要なのは、私が死んだところで栗村夢月という存在そのものが消えるわけじゃないという事だ。
栗村夢月が死んだ。
そんな事実が残るだけなのだ。
あー、無駄無駄。それじゃ意味ない。
面倒なだけじゃん、あー辛い。
もうこうなったら死にたくもない。
でもなんかもう、呼吸するのも面倒くさい。
かと言って死ぬのも面倒くさい。意味もない。
誰だよ呼吸しなきゃ死ぬなんてシステム作ったのは。
本当に何をするにも億劫だ。
そもそも、人間っていう存在が面倒くさい。
つーか思考回路が面倒くさい。停止したい。
適当に電車に乗っていると、いつの間にか終点まで来ていた。
駅名は覚えていない。車内アナウンスも聞き逃した。駅名が書かれた……アレって名前あんの?分かんないけど、とにかく看板みたいなやつ、それを見る気も起こらない。
あーーーーーー
死にたい。死にたい。死にたい。終わろうよ。死にたい。面倒くさい。あーでも、死にたくないなぁ、何て事を改札へ向かいながら考える。
……しかし改札を抜けた直後には、でもやっぱ死にてぇなぁ、とか考えている。
そんな自分が嫌で嫌でしょうがない。
自分の思考回路は常に矛盾だらけだ。
しんどい。
自分で考えている事に自分すらもついて行けない。
心の中は重苦しいモヤモヤでいっぱいだ。
まるで視界を阻む霧のようだ。
常に充満しているこの霧のせいで、私の心が晴れた事は今まで一度もない。
私が生きづらい思いをしている理由はとっくに分かっている。
それは「自分」という最も嫌いな他人と、四六時中一緒にいざるを得ないからだ。
ところで、辿り着いた終点とやらはやたらと都会だった。
平日の昼間だと言うのに人だらけだ。
気持ち悪い。
目的のない外出が足を彷徨わせ、この先の予定を混濁させる。
いや、別に予定なんてないですけど。
予定もなくこんな風に時間を浪費するだけならもう死んでもいいよね?
それでも死なずになんとかフラフラと歩き続けていると、いつの間にかゲーセンの前に来ていた。
……ここに来てしまったら、やる事はたった一つだ。
きっと世の中には、死にたいと思いながら、今日も明日も生き長らえる人々がたくさんいる。
世間ではそれを、「自殺志願者」なんて言ったりする。
自殺志願者……それははっきり言って、滑稽な存在だと思う。
死にたいならば、死ねば良い。
生きたいならば、いや、生きたいと思う奴らだけが生き続ければいい。
こんな単純な事が、何故みんなできないのだろう。
何か特別な理由でもあるのだろうか?
理由?
いいや、そんなものはない、きっと。
あるとすればできない言い訳を理由っていう名目に変えて託けているだけだろう。
人間という生き物は、つくづく愚かで弱い生き物だ。
そんなくだらない事を考えながらUFOキャッチャーと対面し、100円玉をチャリンチャリンとコイン投入口に5枚入れ、一息ついてから操作ボタンを押す。
自慢ではないが、私はUFOキャッチャーが上手い方だと思う。
唯一、人に誇れるレベルの特技だ。
誇れると言ってもたかがUFOキャッチャーですけどね、あー本当死にたい。私って生きてる価値あんのかね? 無いねー。
ちなみに世に出回っている大抵のUFOキャッチャーというものは、100円玉を1枚だけ入れて1回プレイするのではなく500円一気に投入してからプレイすると、1回分が無料になるという頭のおかしいシステムを採用している。
この妙な気遣いシステムの所為で、私は景品を取った後、平均1、2回程、残りプレイ回数が余ってしまうという事態に陥る。
今回もターゲットを仕留めた後、案の定2回プレイ回数が余ってしまった。
しかもターゲットは大きめのぬいぐるみ。
いくらUFOキャッチャーが得意とは言えども次の獲物を仕留めるのにたった2回では厳しいだろう。
金を足すという選択肢もなしではないが、100円ずつ入れるのはなんか癪だ。
かと言って500円を注ぎ込むとまた回数が余ってしまう。
それにぶっちゃけ、2つも3つもぬいぐるみはいらない。
高難易度のゲームに燃える程ゲーム厨でもねーしドM根性もねーわ。
結局やる気をなくした私は、操作ボタンを投げやりに早打ちし、残り回数を浪費してからゲーセンを後にした。
はぁー、楽しくない。
死にたい。
けれどもそれを実行に移すのがやっぱり面倒くさいという口実で、死にたいと思いながら、今日も明日もどうせ生き長らえるのだ。
そう、それが栗村夢月だ。
自殺志願者のような生き様をする、恥ずかしい生き物だ。
……いいや、自殺志願者と言うには半端すぎるか。
私が自殺志願者なんて名乗ってしまったら、本当の自殺志願者に対して失礼じゃないか。
私はただ、消えて無くなりたいだけだ。
本当は死にたい訳じゃない。
そもそも「死ぬ」というのは、ただの人間の末路であって、その人間の存在そのものが無くなってしまうという訳ではない。
だから、本当に望むものは「死」ではなく「消失」だ。
私は栗村夢月という存在そのものを無かった事にしたい。
栗村夢月は初めから生まれてなどいなかった、存在すらしていなかった、そんな世界を切望する。それを張本人が言うもんだから叶うはずもないのだけれど。
でもまぁ、それが無理ならせめて壊れて粉々に砕け散ってしまえば、コンパクトになるだろうなぁと思う。
そいつぁ良いやなんて恐らく誰にも理解されないであろう事を毎日のように考える。
まあこんな事は、別に誰にも理解されなくたって良いのだ。
何故ならそんなことは今に始まった事ではないからだ。
昔から、私は周りとは違う別の世界からやって来た異物なんだという感覚がずっとあった。
そんな感覚が生まれたのは、人とのコミニュケーションを取らざるを得ない場所に通いだした頃、所謂幼稚園に入園した頃まで遡る。
みんなはそんな異物の事をこぞって嘲り笑い、除け者にした。
「異物」という単語は知らない癖に「異物は不要」という事については熟知しているようだ。
私からすればそんな矛盾まみれのコイツらの方が異端に見える。
でもまぁ、別に自分が異物であることは構わない。
実際そうなのだろう。
それと、自分がどうなろうと構わない。
それでも人は私を指してこう言う。
「あの人おかしいね」
そう言っては私と距離を置き、見ない振りをしながらもある程度遠巻きからチラッとこちらを振り返り、心の中で蔑み、嘲っているのだ。
ちなみに今もだ。
行き場を無くし、結局踵を返して乗り込んだ電車の中で、死にかけのご老人共が私の事をチラチラ見ては未確認言語を口にしている。
一応暦上今日は平日だから、平日にいい歳こいた女が寝巻きにも等しい格好でフラフラと電車に乗っているのがおかしいのだと思う。
おかしくても別にいいじゃないか。
知ってるよ。
わざわざ声に出すな。
虫けら以下の情報交換してんじゃねぇよ。
所詮周りに合わせているという優越感と安心感を手に入れたいだけの馬鹿の癖に。
そもそも「おかしい」とはどういう事なのだろうか。
人は私を指して、どういう意味で「おかしい」と言っているのだろうか。
「おかしい」
「可笑しい」
「オカシイ」
存在を否定する言葉の暴力でついた傷は、十数年経った今も私の身体に響き、蝕んでいる。
しかし、そんな暴言を吐いてきた周りの人間に対し、私は肯定の感情はもちろんの事だが、実のところ否定的な感情もまた抱いていない。
何故ならそれらの発言は、そもそも栗村夢月がこの世に存在している所為で生まれたものだからだ。
ドンッ
「あ」生きていて「ごめんなさい」
反射的にそんな声を出したが、今何が起きたのか理解したのはその3秒後だった。
私は今乗り換えの為(うちの地元は普通しか止まらない。だが乗った電車は準急だったのだ。)、電車から降りようとしていて、ドアへ向かう途中に人にぶつかったらしい。
考え事をしていると、極端に視界が狭くなるのは昔からずっとだ。
あーすげぇ死にたい。
存在自体が無駄だというのに、何を考える必要があるんだか。
「あぁ、いえ……」
ぶつかってしまった相手は、私と同じくらいの年齢の頭がくるくるパーな男だった。
あ、頭じゃなくて髪の毛だわごめんごめん。
しかも赤髪。恐い。
だがそんなチャラチャラした見た目の男は案外弱々しい声で、さらに途中から声を失速させながら返事をした。
彼は何故か目を見開いて、私の事をじっと見ていた。
え、私の異質性って見た目にも現れてたっけ?
つーかお前の方が異質だろ、死ね。
……いや、死するべきは私か。
ははっ、あーあ、死にてぇ。
これだから、人と関わり合いなんざ持ちたくないってんだ。
己の脆弱性を諦め、くるりと男から背を向けた時、
「あのっ……!」
声を急に上げられ思わずビクつく。
さっきのぶつかった彼が声をかけたようだ。
外界からの急な音声はご遠慮願いまーす。
「はい」
振り返ってとりあえず日本語二文字を口にする。
えっと、今のところ、私は間違ってないよね。
いや、でも、なんか、「は」の声が上ずってしまった気がする。
あー、やり直ししたい。リセットボタン押さなきゃ。あ、無いんだっけ? 人生って。辛い。
はいと返事をするだけの億劫な作業を行ったというのに、待てど暮らせど彼は何も喋らない。
え、今、はい、とか言ったのって、やっぱ、間違ってた?
もしかして私に言ってなかったとか?
はい自意識過剰乙。
死にたい、死にたい、死にたい。
ついさっきの言動を訂正したい。
返事なんてしなければ良かった? かもな。
あ、もう嫌死にたい。
「あぁ、いえ……」
ようやく彼はさっきと全く同じように、途中から声を失速させながら顔を背けた。
熱でもあんのかな。顔が赤いんだけど。
「……すいません、電車乗ります」
そう勝手にしてくれというような内容の宣言をした彼は、私に背を向けて慌てて電車に乗って行った。
電車に乗り込んだ瞬間に扉が閉まり、間一髪といった表情を浮かべた彼は、キイイと不快な音を立てながら運ばれて行った。
さっきの会話を思い浮かべる。
人と久しぶりに会話をした気がする。
つーか、アレ、会話って言えるのか?
……あぁ、やっぱ声なんて出さなきゃ良かったのかな。
「あ」も「ごめんなさい」も「はい」も、思い返せば全部気持ち悪い。
自分の声が、気持ち悪い。
つーか、せめて「ごめんなさい」じゃなくて「すみません」って言えば良かったのか?
いや、「申し訳ございません」かな。
日本語わかんねぇよ、クソ。
あぁ、言動を訂正したい、無理なら死にたい。
多分無理だから首吊ってこよう。
こうして私は、過去の自分の言動を思い出しては死にたくなる日々を送っているのだ。
あーあ、もう喋りたくないなぁ。
というか多分私は喋らない方が良いのだろう。
喋らず、人との繋がりも作らず全部切って、さっさと死ぬのがお似合いだ。
そう思うと、妙な隙間が出来たような気がした。
その隙間から風が吹いてきて、私に容赦なく襲いかかってきた。
何に隙間が空いたのかは分からない。
ただ苦しくて、辛くて、しんどくて、もう泣いてしまいたい。そんな気分になった。
寒い。あぁ、今何月だっけ?
携帯、ない。
そういえば家に置いてたんだったっけ。
役立たずが。
死ねば良いのに、携帯を置いてきた役立たずの自分。
普通列車がようやくやってきた。
もう死にたい。
死ねないならせめて早く連れて行ってくれ。
目的もない癖に、自ら出て行ったあの家へ、今は早く帰りたくて仕方がない。
そして家に帰ったら電話をしよう。
……何で家に帰るまで待たなきゃいけないんだろう。嫌だ、本当、何で携帯置いてきたんだよ。
ただ、誰にも知られたくなかった。
干渉してほしくなかった。
一人になりたかった。
それだけだった。
どうしようもなく、それだけだった。
なんて浅はかな考えだろう。
なんて浅はかな人間だろう。
そもそも、私は考えてみれば最初から独りぼっちの人間じゃないか。
だったら、携帯を持って来れば良かった。
あってもなくても同じじゃないか。
あぁ、あ。
本当に、今すぐにでも来てほしい。
ずっとこのまま一人なんて……。
長い。
長い。
永い。
ガシャーン……
電車のドアが開いた。
やっと最寄駅、地元だ。
あー、死にそう。ちょっくら今から死んできてもいいかな。
電車から降りるとふと線路が目に入った。
真っ直ぐ、ひたすらに真っ直ぐ延びている線路。
この先の人生を暗示しているかのように引き延ばされたそれは、じっと見ていると、死というものが如何に遠いものなのかを如実に思い知らせてくる。
ひょっとして、そんな幻想をも命ごと分断してくれるのが、電車なのではないか。
線路のちょうど真ん中でうっすら笑みを浮かべながら、電車に正面から轢かれる自分を想像してみた。
……大丈夫、しただけからね。
最初のコメントを投稿しよう!