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これは、僕がオークションサイトを使うきっかけになった話だ。
当時、新しく引っ越した部屋には地縛霊がいた。道理で家賃が安いと思った。
夜になると矢が刺さった落ち武者が現れ、リビング中をうろうろする。いや、あんたいつからいるの。いい加減成仏しろよ。
また台所のすみっこでは、体育座りをした女が酔っ払ったような口調で何やらぶつぶつグダグダつぶやいている。うんうん、生前色々嫌なことあったんだね。……って、居座られても困るんだけど。
玄関には、リストラにあったようなおっさんがたそがれている。真夜中だけど。帰る場所は……ないんだろうな……。
三人ともこちらに危害を加えて来ることはないが、時々生前のことを思い出すのかうめき声や金切り声を出すし、はっきり言って邪魔だ。
こんな部屋には友人も彼女も連れて来ることは出来ない。もっとも彼女はいないから、最初から連れて来ることなどないんだけど。……ダメだ、自分で言っといて自分でダメージを受けてしまった。
お祓いをしようと近隣のお寺や神社に行ってみたが、ことごとく失敗した。祈祷料はそれなりに取られるので、懐にも厳しい。そこらのお寺とかでもこれだから、本物の霊媒師とかに頼んだら、ものすごい額になるんだろうな、きっと。そんなお金は僕にはない。
マンガとか小説では都合良く霊能力のある知り合いとか、親戚に拝み屋のいる友人とか出て来たりするようなのもあるけど、自分にはそんな奴は一人もいなかった。
そして僕はその夜も寂しい懐を抱えて、幽霊達に囲まれながら一人スマホをいじっていた。
と。
僕の目に止まったのは、あるオークションサイトだった。何でも──それこそゴミ同然のガラクタから、高価そうな時計やジュエリーまで売り買いされている。
でも、たくさん出品されている中に、ちょくちょく変な出品物があった。「昨日一日分の時間」「転生先の異世界」「才能を伸ばす守護霊」「廃社になった神社の神様」「件を産む予定の牛」などなど。
このオークション、こういう面白出品OKなのか。しかも実際売れてたりするし。ジョークのわかる人達が集ってるのかな。でもこういうの、嫌いじゃない。
見ているうちに、僕も何かオークションに出品をしてみたくなった。でも、売れる物が何もない。引っ越す時にいらない物は全部捨てちゃったからなあ。
強いて言えば、部屋の中でうろちょろしているこいつらがいらない。……よし、思い切ってやってみるか!
僕はオークションサイトに登録した。出品するのは「自宅にいる地縛霊」。写真は撮れなかったので、それぞれの特徴を詳しく書き込む。値段は……まあ100円くらいにしとくか。出品ボタンをポチッて、これで出品完了。
こんなことをしても本当に売れるわけがないし売れても商品を送れるわけでもないし、正直気休めにしかならないけど、ちょっとした面白出品として誰かに楽しんでもらえたらいいや。……その時はそう思っていた。
だけど。
翌朝になってからオークションサイトを見て、僕はびっくりした。
入札されてる。
しかも、どんどん値段が吊り上がって、一万円になってる。
オークション期間の一週間。あれよあれよという間に価格は上がり続けた。十万円、十五万円、二十万円。最終的にうちの地縛霊は三十万円で落札された。一人につき十万円だ。
落札者からのメールには、「発送は難しそうですので、直接引き取りにうかがいます」とあった。いやこれノリツッコミですよね? 僕はうちの住所公開してませんが?
それでもその時はまだ、こんな冗談に乗ってくれる物好きな人がいるんだなあ、と思っていた。
その夜。
相変わらずうろついたりぶつぶつ言ったりたそがれてたりした地縛霊達の動きが、ぴたりと止まった。
皆、玄関のドアの方向を見ている。何かが……来る。そんな気がした。
コンコン。ノックの音。
『こんばんは』
男とも女ともつかない声がした。
『しなものをひきとりにまいりました』
ガチャリ。鍵のかかっているはずのドアが開いたように見えた。三人の地縛霊が叫び声を上げた。その声を聞いて、僕の意識は不意に途切れた。
──気がつけば、朝になっていた。僕は玄関先で倒れ込むように眠っていた。
辺りを見回しても、変わったところは何もない。……いや。前より、部屋の中の空気がすっきりしている。以前は何だかどんよりしていたのに、部屋の空間ごと入れ替わったみたいだった。心なしか、部屋自体が明るくなったようだ。
それ以降、部屋にいた地縛霊はぱったり姿を見せなくなった。口座を確認すると、三十万円きっちり振り込まれていた。ただ、オークションサイトを見てみると、落札者のアカウントも他の入札者のアカウントも消えてしまっていた。
これが、僕がオークションサイトを最初に使った時に経験したことの全てだ。地縛霊はいなくなったし、臨時収入も入った。僕にしてみりゃ万々歳だ。今は普通に不用品を売ったり欲しい物を買ったりしている。
……ただ。
地縛霊なんてものを、こんなお金を出して買おうとする者がいる。彼らは、こんなものを買ってどうするんだろう。買われたあいつらはどうなったんだろう。
そんなことを考えると、僕は今でもほんの少し、薄ら寒くなるんだ。
ねえ、君はどう思う?
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