レヴォート

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レヴォート

僕は必死だった。 脳裏には、僕の目の前でユニットがレイコを連れ去っていく光景が、 何度も何度も繰り返し映し出されていた。 無意識に自分にアラートしていたのだろう。急がなければこうなるぞ、と。 レイコと昼食を共にした日。 あの一度しかこのキャンパスに入校していなかったので、 僕にとってはキャンパスは樹海のそれだった。 何度も同じ講堂にたどり着き、 何度も同じ人の前を通り過ぎる。 「さっきもあの人歩いてたよね?」 『なぁにあの人、ちょっと変わってない?』 そんな小声が耳に入ってくる。 でも構わない。言わせておけばいい。 僕は今、彼女を見つけなければならないんだ。 いや、違う。 これはもう任務じゃない。 正世界線を出発する時まではまだ任務だった。いや正義感と言った方がいいかもしれない。 既に僕の任は解かれているであろう訳で、その代わりがあのユニットだ。 僕は己の正義感に従ってここまでやってきた。 でも今は違う気がする。 際限のないキャンパスの中で一人レイコを探すうちに、 僕の気持ちは変化を見せていた。 これが何かはわからない。 似たような気持ちは知っているが、何かが違う。 悪く言えば執着、良く言えば憧れだ。 どちらでもあり、どちらでもない。 高校なんかの授業アンケートで言うところの、「どちらともいえない」ってやつだ。 僕は大体の先生の授業をこれで評価してきた。 当たり障りのない便利な言葉だし、何よりも僕の気持ちに一番寄り添ってくれている。 僕は自分の意見を持っていない。 持ちたいとは思うけれど、それが生真面目すぎるように思えてどこか具合が悪いのだ。 でも今はそう思わない。 レイコという人間と出会い、何かが変わった。 彼女が言った「謝られるより感謝された方が嬉しい」という言葉。 これが僕の中でずっと引っかかっていた。 今までの僕は当たり障りのない言葉だけを選んできた。 「どちらともいえない」に始まり、 別に僕が悪いわけでもないのに「申し訳ございません」だとか、 何かしてもらった訳でもない相手に「お世話になっています」だとか。 流れに身を任せ、 「人生はケセラセラ」とか言って酔っていたんだと思う。 でも彼女に褒めてくれと言われたあの日、 僕は初めて言葉に命を感じた。 自分で考えて発する言葉にこそ命は宿る。 そして感じたのだ。 そうして言葉に命を灯す彼女の魅力に。 その時はまだ憧れだったと思う。 だが、それからの孤独が僕を揺さぶった。 彼女の魅力に独り憧れるうちに、 彼女本人についても僕は興味をもち出していた。 昼食の時に感じた日差しに映る彼女の美しさ。 静かな水族館で独り僕を待つ彼女の健気さ。 そして、 冷たい僕の手を握り泣きながらも寄り添ってくれた彼女の優しさ。 そうか、 今まで僕がどうしようもなく彼女のことばかり考えていたのって….。 そっか、 僕はレイコに…。 「やっと見つけた!」 後ろから肩を小さな手で掴まれた。 まさかレイコッ…!? 『探したんだぞ、まったく』 「ほんとだよもう」 同期の二人だった。 一人は昨日のお気楽保安官。もう一人は研修時代に仲の良かった女友達だった。 「なんでここに…?」 なぜここに二人がいるのかわからなかった。 まさか、尾けられてたのか!? 「お前に伝言伝えにきたんだよ」 『局長からの伝言ですよ』 ますますよくわからない。 「俺に、伝言?局長が?」 局長は、どちらかといえば敵のはず。 そんな局長からの伝言だった。 罠かもしれない…。 僕は斜に構えた。 でも、そうじゃなかった。 「えっ〜と、なんだっけ、確か〜、れいこ、だっけ?」 『もう、しっかりしてよ!』 肝心なところで役に立たないお気楽保安官殿。 「タシロくん、」 代わりに話してくれるようだ。 「レイコさんは今、十文字病院にいるそうよ」 僕は予想外の方向から撃たれた。 「レイコが、病院に…?えっ、ぶ、無事なのかッ!?」 僕はお気楽保安官の肩を掴み尋ねた。 『大丈夫だよタシロ、心配すんな。今は安定しているそうだ』 言葉どおり、僕は胸を撫で下ろした。 「な、なんだ。よかった、ほんとよかった…」 『でもなタシロ、ここからが本題だ』 さっきまでのお気楽保安官は、もうそこにいなかった。 『局長は俺らにお前の身柄確保を命じてきているんだ』 「なんだって…」 僕は反射的に後ろ足に退き、二人から距離をとった。 『そんな、嘘だろお前ら。…な、なぁ頼むよ』 「タシロ…」 憐むように二人は僕を見ていた。 『頼む見逃してくれ、頼む、 レイコを助けられるのは俺しかいないんだ。頼む…』 僕は二人を視界に捉えつつ、頭を下げた。 「なぁ、タシロ」 彼が一歩前に踏み出してきた。だめだ、もうこのまま逃げるしかない。 そう思った時、 「捕らえにきた相手に、第一声でレイコさんの居場所を教えると思うか?」 彼はメモを渡しながらそう言った。 「お前、迷ってたろ今まで。こんな小さいキャンパスで。ほらっ、心配だからメモ書いておいたぞ」 彼からメモを受け取る。 そしてそのメモの端っこには、 こう書いてあった。 「絶対に見つかるな!信じてるぞ!レイコちゃんを助けてやれ!」 そうか、二人は僕のために…。 「ありがとう」と言いかける僕の口に人差し指を当て、彼は言う。 「本官はこれよりお手洗いに行ってくる!タシロ、そこを動くんじゃないぞ!」 『そうよタシロくん!動いたら死刑です!』 そう言って二人は僕を大通りの真ん中に残し、講堂の中に消えていった。 「ありがとう、局長。そして二人とも…」 僕は走った。
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