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ミッション
まずはこの物語について説明しておきたい。
並行世界。
五年前にその存在が確認された。
発見以降は双方を正負で区別し、発見側の世界線を正とした。
そして被観測側を負とした。
観測によると双方の環境は物理や宗教、人間の性格に至るまで全てが相反しているという。
性格の違いなんてどうやって観測したのだろうか?
つまり正で発生した事象は負でも裏返しの事象となって反映される。
公安省。
双方の均衡を保つための内閣直属非公開組織。
正世界線を絶対優先に負世界を操作することで、正を安泰に保つという保安任務を負う。
負世界線が卑下される理由は職員には明らかにされていない。
そして負世界線にはこのような技術や組織が存在していないので負世界線からはこの格差を観測できないらしい。
なんとも都合がいい世界だ。
タシロ。
公安省に努める25歳の保安官。今年で勤続2年となる。
勤続の使い方が間違っている気がする。
好青年という言葉に相応しい面様に対して服装はいつもの政府職員らしからぬくたびれたスーツ。
周囲からは本当にもったいないとからかわれている。
タシロの最近の業務は負世界にて正世界線の難民を援助するというものだ。
ここでいう難民とは、保安官の勤務手帳によると
「正世界線で困難な状況や生活に陥っている人々を指す」
ということらしい。
そしてその援助とは、
「負世界の人間を操作することで、均衡を取ろうとする世界線物理学を以って正世界線の住人を支援することを指す」
とある。
そのためには手段も問わないこともしばしば。
これが非公開組織となっている所以の一つだろう。
保安官タシロはそこにいくつか疑問や葛藤を抱きつつも業務を全うしていた。
そんなある日、
『次は彼女だ、二週間で頼むぞ』
上司からプロフィールを併せたファイルを渡された。
このようにして政府から要請のあった人物の情報が上司から保安官へ渡り、
保安官が任務に当たる。
正負世界線の観測が可能になった現代でまだ情報通信にアナログを取り入れている組織は少ないだろう。
だがタシロはこのシステムに不満はなかった。
負世界の人の人生を狂わせるかもしれないこの仕事の情報交換を無機質なデジタルに頼り始めたらもう道徳的に終わりだという基準を内心で設けていたタシロ。
このシステムが続く限りは組織に慈悲が残っていると信じていた。
そしてその限りはこの職場に身を置いておこうとも考えていた。
プロフィールに小さく貼られた対象の顔を見てみる。
艶やかな黒髪でショートヘアの整った顔立ちをした少女だった。
いや職業が大学生となっているので少女としておくのは本人に怒られそうだ。自分でも25歳にもなって年上から少年扱いされたら少しムッと来るだろう。そういうことだ。
そんな軽率な気持ちで目を通し始めたのが災いし、
タシロは次の文で頭が真っ白になった。
任務目標は対象の安息な死去、とあった。
待ってくれ。
それって、
殺せってことなのか、
この子を。
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