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『Eの401講義室ってどこですか?』
後ろから遠慮気味な男声で尋ねられました。
廊下には他に人影もなく、自分に話しかけているのだろうとすぐに察せました。
「あー、ここからだとちょっと遠いですね。
キャンパス北の5号館にあるんですが、わかりますか?」
ここはキャンパス南の2号館です。
田舎のキャンパスなので敷地の南北がありえないほど離れているんです。
『じ、自信ないですが、わかりました。ありがとうございます』
苦笑いを浮かべ、会釈をして廊下を引き返す彼。
好青年です。好青年ですが、
5号館は、そっちではないんです。
「よければ5号館まで案内しましょうか?」
放って置けませんでした。
だってそうです。
目の前にこの欧米の田畑に引けを取らない程の広大なキャンパスで遭難しかけている人がいるんですから。
『ほ、ほんとですか!それは助かります!』
笑顔のよく似合う人です。
自然な爽やかさがあります。
爽やかですが、
私は講義に遅刻です。
それから5号館までの間、
彼のことをそれなりに知ることができました。
それだけこの学園が大きいということです。
先月編入してきたばかりで、
キャンパス生活はまだ三日目ということでした。
無理もありません。
この土地に慣れるのは最低でも一年はかかります。
私も一年次はたくさん講義を履修していたので登校の機会が増え案内できるまでになりました。
学部は同じですが学科が異なるのでサポートには限界がありそうです。
でも編入三日目ということもありまだ友達がいなくて心細いということなので、
とりあえずお昼の約束をしました。
初対面の人と食事は緊張して味が感ぜれなくなってしまうタイプですが、
ここまで案内して色々話しておいた手前断るのは彼が可哀想です。
それに私だって友達は少ない方。
貴重なフレンド申請ですからありがたくお受けするべきです。
お昼の約束をし、彼は嬉しそうでした。
相変わらずのいい笑顔。守りたくなります。
『わざわざ入り口まで案内していただきありがとうございます。助かりました』
今度は苦笑いではなく朗らかな表情で会釈して彼は講義に向かいました。
自分の生活には厳しい性格ですが、
不思議と遅刻の後悔は全くありません。
清々しい気持ちでした。
「じゃ、戻りますか」
いい気分の時は独り言が出てしまいます。
小さく呟いてもと来た道を引き返しました。
対象と接触できた。
これで初動は成功と言っていいだろう。
ごく自然に昼食の約束もできたから、
ここから慎重に詰めていけば理想形の解決が迎えられるだろう。
なに、難しい任務じゃないさ、
その時はそうとしか考えていなかった。
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