1人が本棚に入れています
本棚に追加
ヒルトップ
この大学は広大な敷地面積を考慮して、
学内の様々な場所に中規模の学食が設けられている。
だから席の取り合いに苦しめられたりすることがなく学生からは喜ばれているらしい。
「らしい」というのは自分は正式には学生ではない。
正世界線から来た保安官。
学生を卒業し就職もした立派な社会人だ。
学生のように空きコマを持て余して食堂でぼんやりしたり、
平日の昼間に風に揺れる木々をゆっくり眺めたりしない。
だからこうしてレイコを待つ間、
緩やかな時間を享受しているのはとても懐かしい。
『お待たせしました』
彼女が来た。
腕に幾冊の教科書を抱え、
服も少し乱れている。
急いで来てくれたのかもしれない。
「いえ、今来たところですよ」
別に待ちぼうけを食らっていたわけではないし、
紳士としての対応をする。
彼女は髪を軽く整え、服を正し、
静かに席についた。
『あ、お食事は?』
「まだです。一緒にと思いまして」
『それはお待たせしました』
慌てた様子で席を立ち、食券を買いに向かっていった。
また一人席で待つこととなった。
『何がいいですかー!!』
食券機の前からこちらに呼びかけてきた。
周囲の学生が一斉に彼女に向き、
そして視線はこちらへ。
食堂の人々の注目の的となった自分は果たして何を望む。
「じ、じゃあ、きつねうどんを...」
大好物である。
『温と冷があります!!』
「冷で!!」
冷たい方が好きだ。
久しぶりにこんな大声を使った。
非公開組織で根暗に任務をこなしていたので、
久しく腹式呼吸なんて使っていなかった。
なんだか、気分が晴れた。
食券を受付に出して彼女が戻ってきた。
『ごめんなさい、はしたない真似してしまって』
顔を赤らめてうつむきながら席に着いた。
「いえいえとんでもない、ありがとうございます。」
『いえいえ』
照れ笑いする彼女は、
食堂に差し込む白昼の優しい日差しに照らされ、
言葉では表せぬ魅力をもっていた。
学生時代は特に人と群れず、昼食も一人で済ませていたので、
新鮮な景色だった。
テーブルの向かいの席に人が座っていて、
その人が自分に微笑みかけている。
ノスタルジアがそこにはあった。
昼食が来てからはお互いの話になった。
彼女のことはファイルで予習済みだったので知っている話が多かった。
それでも楽しげに語る彼女を見ていると知っていようがいまいが関係なく、
会話は充実していた。
レイコには自分は地方出身で、進路の都合でここに編入してきたのだと伝えた。
『学芸員になりたいんですね。かっこいいと思います』
「ありがとうございます。あまり共感されない夢なのでそう言ってもらえると嬉しいです」
レイコはまだ就職についてはっきりと定まってはいないようで、
少し焦っているようだった。
自分だって大学四年生でやっと就活を始めてなんとか今の職場に落ち着いたんだ。
彼女はまだ二年生なのだから選択の機会はいくらでもある。
でもそんなこと言えるわけでもなく、
「心配ないですよ」としか言ってあげられなかった。
(って何を考えてるんだ。)
これは任務で人命のかかっている仕事だ。
就活相談に本格的に向き合おうとしている場合じゃない。
対象と接触し交流の機会も得られた。
あとはこの関係を保ち二週間の時間の間に起こるとされている問題に対処して任務完了だ。
冷静に。
昼食も終わり食堂を出ようとする頃にはもう昼休みは終わろうとしていた。
レイコもこの後まだ2コマ講義が入っているそうだ。
『今週、時間ある日ありますか?』
ちょうど同じことを言いかけいていた。
対象ともっと親交を深めるためには、
二人で出かけるのが一番だと思ってたところだったのだ。
「明後日は予定ありませんよ?」
一応何も察していない返答にしておいた。
勘違いだったら困る。
『水族館でも行きませんか?
もっとお話ししたいです』
いきなりそこか。
女性経験が比較的少ない自分にとっては急展開に感ぜられた。
水族館ってデートスポットじゃないのか?
違うのか?
「構いませんよ。楽しみです」
だが恥ずかしがっている余裕はない。
ここは男として覚悟決めて水族館に行こう。
デートだと思うな。
参加者二人の魚を見る会だ。
ただそれだけのことさ。
最初のコメントを投稿しよう!