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否定されてもなお夢にみる
「はあ...」
小さくため息をついて枕元のペットボトルに手を伸ばす。ちょうど良い温度に変化した水が喉を通り過ぎていく。
なんで今もまだ思い出すんだろう。早く忘れてしまいたいのに。忘れよう忘れようと頑張るたびに苦い記憶が蘇ってくる。
早く寝よう、明日も学校だ。そう思って布団に入り直したところでスマホが短く音を発した。
充電コードに繋いでいるスマホの画面が点灯している。
普段からアプリの通知はこないようにしているスマホの画面に通知のウィンドウが出ている。
『ひとつだけ』
そんな怪しげなメッセージ。送信者の名前は“ながれぼし”。
もちろんそんなアカウントを友達登録した覚えなんかない。
でも、あんな悪い夢で目覚めてしまった今、早く忘れたいと願ってしまった今。このメッセージは私に手を差し伸べる神様のように見えた。
願いが叶うのかと、私の真上の空を通りかかった流れ星がひとつだけ願いを叶えてくれるのかと、そう思った。
『嫌なことを全て忘れたい』
胡散臭いなと思う気落ち半分、これで忘れられるならという希望半分。
まさに半信半疑のような気持ちでメッセージへの返信を打ち込んだ。
返信が来るかと待っていたが、返信が来るよりも私のまぶたが落ちる方が先だった。
あれから3年。
結局、次の日になっても返信が来るようなことはなかった。いまの私のトーク画面を見てもやりとりはたったの一往復で終わっている。
ただ、あの日から悪夢を見ることはなくなったし、嫌なことを思い出すこともなくなった。
今の私には悩みごとを相談できる友達がたくさんいて、隣にいてくれる大切な人がいる。とても幸せな生活を送っている。
でも、何か忘れている気がする。何か大切なことを。その疑問はずっと頭から離れてくれないのに、ふさわしい答えにたどり着いたことはない。
まあ、いっか。その疑問について答えを探し始めてしまったときは、そう呟いて一日をスタートすることに決めている。
イヤホンを耳につけて、だいすきなアーティストの曲をシャッフルで流しながら息を吸う。
「今日はいい日になるんだ。必ず」
毎日玄関のドアを押し開ける前に自分にかけている大切な言葉。
その言葉のおかげで気持ちよく過ごせそうな気がする。
力強くドアを開いて青空の下に飛び出す。ポケットから鍵を出してドアに鍵をかける。
私の鍵にはリングを通してもうひとつ鍵がついている。接触して音が出るから。そうすれば無くしたときに探しやすいから。そんな小さな理由でずいぶん前からついているように思う。けれど、今となっては何の鍵なのかわからない。
「まあ、いっか」
声に出して、一歩目を踏み出す。
いってきます。
こちらは声に出すことなく心の中で。
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