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否定された私
『そんなことやって何の意味があるの?』
『どうせ無理だよ、お前なんかには』
『下手くそ』
『うわあ、馬鹿みてぇ』
(はっ…!)
襟元から背中にかけてぐっしょりと濡れている。
辺りを見回す。勉強中の教科書が開かれている机。たくさんのノートや画用紙をしまった鍵付きの抽斗。小学生の頃から使っているぼろぼろの椅子。昨日買ってきた漫画の最新刊をしまった本棚。
いつもの光景。見慣れた自分の部屋。電気をつければもっと実感が湧くだろう。けれど、そこまでする必要は無かった。
「夢か……」
あの日の光景は今もなお鮮明に記憶されている。
絵を描くことが好きだった。物心ついたときにはペンを持ってノートに絵を描いていたように思う。
もちろん、当時は絵なんて呼べるようなものではなく子供の落書き程度のものだっただろう。けれど、家族も友達も先生も、みんなが褒めてくれた。
「上手だね」「今度は何を描くの?」「描いたらまた見せてね」そんな言葉が嬉しくてひたすらにペンを走らせていた。
ただ、人間というのは心や身体の成長と引き換えに、純粋さや夢を見る力を失っていく生き物だ。
小学校を卒業して中学、高校と進んでいくにつれ私にかけられていた柔らかい言葉は少しずつ鋭さを増していった。
両親からの言葉は「描いたらまた見せてね」から「絵なんか描いてないでテストの勉強したら?」に変わった。
絵を描く私を取り囲む友達も一人ずつひとりずつ減っていった。
そして隣の席の男子に絵を描いているノートを見られたことで、私の世界にひびが入った。病院で言われる「ひびが入っていますね~」とは違う。骨のひびは段々と小さくなり無くなっていく。けれど、私の世界に入ったひびは徐々に大きさを増していった。
絵を見られたあとは、下手だの馬鹿らしいだのと陰口を叩かれた。
絵を見せてよと吊し上げる目的で話しかけられることも多くなった。
すぐに学校では絵が描けなくなり、家の中だけで描くようになった。でも、それが続いたのも一週間ほど。
誰かに見られている。見られたら馬鹿にされる。認めてくれる人なんか一人もいない。私には絵を描く資格が無い。
毎日のようにあのときの光景がフラッシュバックして、頭の中をそんな言葉たちが駆け巡った。
そして、ある日を境に左手に握ったペンが動かなくなった。
満足のいく絵が描けないなんていうレベルじゃない。線の一本すら描くことができなくなった。
私はあの日、絵が描けなくなった。
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