屋上の魔法使い

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まだ仄暗さが残る時間に、瑛子は目を覚ました。 六畳の自室は妙齢の女子にしてはひどく殺風景で、敷布団と卓袱台以外には枕元の置時計以外には私物はなく、他は教科書やノートなどの、瑛子が社会的に必要な道具しかそろっていない。  目を覚ました瑛子は置時計のアラームを止めるが、まだけたたましい音は鳴っていない。瑛子はセットした時間の少し前に目を覚ます習慣ができていたからだ。  始発も出ていない時間には家主がまだ目覚めていないので、気がつかれないよう物音を立てずに、煙草の吸殻と生ごみが詰まったゴミ袋とビール瓶が転がっている玄関の扉から出た。  マンションの隙間にある小さな公園で、二つしか座席のないブランコにただ座って時間をつぶす。押しつぶしてきそうな建築物は、まるでここで遊ぶなと睨んできているかのようだ。ここを利用するにあたって、この季節になって喜ばしいのは使い古した上着を着なくてもいいことだ。少しばかり肌寒いが気にするほどでもない。むしろ生き物の本能的な感情なのか、湿気や気温が活力を与えてくるような気がする。だが別に、それを喜ばしいとは思わない。今しがた踏みつぶそうとしてやめた蝶の幼虫を眺めて、あれが今生きているのは自分のおかげで、これから死んでも生きても少なくともこの瞬間を生き延びたのは自分のおかげだという、不健全な悦びを感じることに耽溺しないことと同じだ。あまり意味がない。  始発の電車にはすでに多くの人間が乗っている。会社に行くサラリーマンの男や、掃除や飲食のパートの女性などが多い。制服を着ているのは瑛子だけで、人が多ければ気にすることのない視線を感じ取ってしまう。だからといって、時間を変える気にもなれなかった。満員電車など、考えただけで気が滅入ってくる。たまにある視線と、慢性的な集合では、しぶしぶこの選択をとるしかない。
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