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重い足取りで事務所へ向かえば、店長が一人、自分のデスクに座っていた。
その背中からは、すでに機嫌の悪そうなオーラが見えるようだった。
振り返るなり目が合って、真顔で手に持っていた紙を絵理に突きつけてくる。
それは店内に設置してあるお客様アンケートだった。
「それ全部、新人に対するクレーム。どうなってんの?教育係は河本さんだよね?一体何を教えてるの?まったく、ちゃんと仕事してもらわないと困るんだよ」
昨日だって色々やらかしてくれちゃって、とつい二週間ほど前に入ったばかりの新人がどれだけ仕事ができていないのかを、ネチネチと嫌みを交えて話しはじめた。
どの口でそんなことが言えるんだと、絵理は内心で思っていた。
(仕事してないのはどっちだよ。書類とかチーフに任せっきりで、自分はアルバイトの女子高生と楽しそうに話してばっかで。それでよく仕事しろとか言えたもんだよ。だったら自分で教えたらいいのに。全部丸投げで、こっちの苦労も知らないで)
「今日も出勤のはずなのにさっき電話で、『講義が長引いちゃったので休みます』だと。一体どうなってるんだ。まずそこは、遅れてすみません、だろ。それから、今から行きますとか今日は休ませてください、じゃないのか。なんなんだ、ちゃんと指導しておけよ」
言ってることは正しいのかもしれない。かもしれないけれど。
(いやそれ、私の指導がどうこう以前の問題じゃ…)
そもそも採用したのはあんただぞ、と絵理は声を大にして言いたかった。
新しく入ったアルバイトは大学生の女の子で、見た目がまさに店長の好みど真ん中だった。
面接を行ったのは店長で、採用に関してチーフの酒井はいつもノータッチだけれど。
しかし酒井は面接に来た彼女を見たときに、あんまりこの職業に向いてない気がするな、と一言こぼしていたのだ。
それにひきかえ店長ときたら、一体面接で彼女の何を見ていたのだろう。
ただここで反論したところで、無駄な時間が長くなるだけだと絵理にはわかっていた。
この人には何を言っても駄目だと、ここで働く従業員のほとんどが心得ていることだった。
「以後、気をつけます。すみませんでした」
事務所を出て扉が閉まる音をきちんと聞いてから、絵理は一つ息を吐いて天井を仰いだ。
「あ、やっと出てきた。お疲れ」
ホールにつながる通路へ足を向けると、ひょこっと高橋の顔が覗いた。
「さっそくで悪いんだけど、注文お願い。混んできた」
時計を見れば、夕食時へ向けて少しずつ客足の増える時間帯となっていた。
「わかった」
とりあえず今は目の前の仕事に集中、と気を取り直すように大きめに足を踏み出した。
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