無課金で恋がしたい

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店長の小言をそれとなくかわしながら、絵理は自分の仕事をこなしつつ新人の育成にも励んだ。 そろそろ一ヶ月が経とうとしているけれど、彼女の様子は相も変わらずで。 忘れっぽい性格なのか、それとも単純にやる気がないだけなのか。 二度、三度同じ説明をしても、出来ないケースが多すぎる。 毎回初めて知りましたみたいな反応をされるけれど、前にも同じ説明をしてるんだけどな、と絵理はいつも思っていた。 聞いてみたこともあった。 この説明二回目なんだけど覚えてない?と。 もっと怒った感じで聞くべきだったのか、忘れちゃいました、の一言で笑って済まされてしまった。 (なんでメモを取るとかしないんだろう。忘れるって自覚あるなら、いやそうでなくても、仕事で覚えなくちゃいけないことなんだから、せめて大事だと思うことはメモ取って当たり前じゃないの?わざわざそんなことまで…そこから教えなくちゃいけないの?) 元々、絵理は沸点の低い方ではない。 大抵のことは受け流せる技量を持ってはいたけれど、こんな毎日の繰り返しに、知らずのうちに溜まってしまったストレスが表情にまで出るようになっていた。 それにいち早く気づいたのは酒井で、半ば強引に有休を取らせて休ませることにした。 そうでもしないと、ただ優しく言葉をかけただけでは、絵理は大丈夫だと笑ってまた無理をしてしまうとわかっていたから。 「じゃあお先に、失礼します」 「うん。本当は一週間くらい休ませてあげたいところなんだけど」 「いえ、そんな。三日ももらえただけで十分です。忙しい時期にすいません」 世の中は、夏の間で一番賑わう時期を迎えようとしていた。 特に、面積の半分が山や田んぼや畑といったこんな田舎は、ここを出て行った人たちが帰ってくることで活気づく時期だった。 「そう思うなら、仕事のことは気にしなくていいから、思いっきり羽伸ばしてきな」 「はい、ゲームのイベントとレベル上げ頑張りますね!」 以前はよく目にしていた自分の好きなことを話すときの絵理の表情に、河本らしいな、と酒井は笑った。 まだこんなに日が高く昇る時間に仕事から帰るなんてことは、ずいぶん久しぶりだった。 少し新鮮な気持ちではあったけれど、ジリジリと照りつける日差しの暑さは気が滅入りそうだ。 ただでさえ、心が大分やられているというのに。 ここまでくると、さすがにまずいなと自覚し始めていた。 何かが崩れていくような、壊れていくような、そんな感覚。 さっき酒井にはあんなことを言ったけれど、絵理の生きがいで、癒やしで、元気の源であるゲームにすら、ここ最近は手をつけられなかった。 イベントは思うように進められず、ガチャを引けば欲しいカードはきてくれない。 それも一つの原因となっているのかもしれない。 運にさえ見放されてしまったような気がしていた。 (あ、家に食べるものほとんどないから、買って帰らなくちゃ。今月の食費、あといくらだったかな) たまにはパーッと、何も気にせずお金を使いたかった。 でものちのち苦しくなるのがわかっているのに、そんなことはできなかった。 (せっかく休みもらったんだから、どこかに出かけたり友達誘って飲みに行ったり、できたらよかったなぁ) 悩んだ末に結局はいつもと同じ食品を買って、袋を持つ手とは反対に少し体を傾けながら、絵理は残りの帰り道を歩いた。 こんな時間にスーパーに寄ることはないから、よくある光景なのかもしれないけれど、なんだか親子連れが多かったように思う。 ベビーカーを押しながら幸せそうに笑う夫婦や、周りなんてお構いなしに走り回る子供を注意する母親の声。 よく利用しているスーパーのはずなのに、全く雰囲気が違ってみえた。 そんな楽しそうで、でも少し心がひりつくような感覚を、つい最近もどこかで感じたような気がした。 (そうだ、真美が子供生まれたって連絡くれたっけ。早希も二人目できたらしいし、太郎ちゃんも確か結婚したんだよね。みんな、どんどん幸せになっていくんだなぁ) 絵理にも今まで付き合った人はいたし、結婚を考えた人だっていた。 でもなかなかうまくいかなくて、すべてが駄目になってしまって、それ以来恋愛から目を背けるようになってしまった。 自分には夢中になれる好きなことがあって、恋愛が出来ないからといってどうにかなってしまうわけではない、と。 絵理は自分でこの道を選んだのだ。 自分で選んで、絵理は今ここにいる。 それを間違いだなんて思ったことはないけれど。 ああいった温かくて優しいものを見てしまうと、ふと思ってしまう。 (私、何してんだろ)
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