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2話
半年前ーーー
「今日からこちらに異動になりました、成海怜央です。よろしくお願いします。」
「(なるほど。彼が噂の成海君か。
期待の若手って言われてるんだっけ。)」
うちの部長が欲しいって言ってるっていう噂は聞いてたけど、本当に異動してくるとはあの時は思ってなかったな。
「あの、小原先輩。ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん?何?」
「これなんですけど…この資料って先輩が以前作成されてますよね?今回の参考にしたいんですけど、見つからなくて。」
「どれどれ…あ~、これなら私ファイリングしてあるから、それごと貸してあげるよ。ちょっと待ってね。確かここの引き出しに…あった。はい。他にも参考になるものあると思うから、良かったらどうぞ。」
「ありがとうございます!」
これが、成海君との最初の接点だったんだよね。
満面の笑顔でお礼を言われて、若いな、眩しいなって思ったっけ。
「あれ?成海君今日も残業?」
「はい。これ終わらせなくちゃいけなくて。」
「え、でもさっき別の仕事終わらせたばかりだよね?」
あの時期、成海君が任されている仕事量は結構多くて。
期待の現れなのか、はたまた課長のやっかみなのか…
どちらにしろ、部下の仕事量を調整するのも上司の務めなのにって腹が立ったっけ。
期待のエースをうちの部署で潰す気かって。
「1人で仕事抱え過ぎじゃない?調整するように私から課長に言おうか?」
「いえいえ、大丈夫です。これも期待されている証拠なので頑張ります。」
文句1つ言わずに頑張ろうとするから、なんかこう…庇護欲?みたいなのが沸々と湧いてきて。
「分かった。じゃあ、私も手伝う。」
「え?!いいですよそんな。先輩に残業させてまで手伝ってもらうわけには…」
「それ、1人じゃ2時間以上かかるでしょ。2人でやったほうが早いんだし、素直に甘えときなさい。」
「…すみません。ありがとうございます。」
「それとね、私の事先輩って呼ばなくていいから。あんまり好きじゃないのよ、その呼ばれ方。何か威張ってるみたいじゃない?同じ部署で働く同僚なんだから、好きに呼んでくれていいよ。あ、でも他の人はそうじゃないと思うから気を付けてね。特に男性社員はそういうのうるさいから。」
驚いた様な顔して、でもすぐに笑顔で”分かりました小原さん”って言ってくれて。
素直な子だな、って好感度上がったんだよね。
そういえば最初は”小原さん”って呼ばれてたのに、今はーー
「真奈さん、食べないんですか?」
そうそう、いつからか”真奈さん”って…
「え?」
「ボーっとしてどうしたんですか?食べないなら貰っちゃいますよ?」
「あ、こら。あげません。今から食べるんだから。」
「残念。でも、何考えてたんですか?」
「ちょっとね。君が来た頃の事思い出してたの。」
「俺が来た頃?ああ、異動した頃ですか?」
「そう。」
「あの頃は、本当真奈さんに沢山助けてもらいましたよね。残業も手伝ってもらったし。覚えてます?課長とやり合ったこと。」
「あれは…忘れて。」
「嫌ですよ。だって真奈さん、すごくかっこよかったから。」
そんなキラキラした目で見つめないで欲しい。
あれは、私には苦い思い出なんだから。
彼の仕事量が多すぎると知ってから、すぐに課長に話をした。
仕事をきちんと割り振って欲しいと。
仕事量が1人に集中すると、ミスも増えるしその人が潰れるからって。
なのに課長ってば、自分が仕事を振ってるくせに言い訳ばっかりするもんだから、ちょーっと苦情を言っただけのはずだったんだけど…
会議室から私の大声がフロアに響いていたらしい。
戻った時の皆の顔がもうなんていうか…目が点みたいな。
あれからよね…私が皆にちょっと恐れられるようになったの。
「あの時俺嬉しかったんですよ。”部下の仕事量をきちんと管理するのも上司の役目でしょ!”って真奈さんが言ってくれて。あの時は強がってましたけど、まだ異動したばかりで覚えることも多かったから、正直ちょっとしんどかったんです。」
「そりゃそうだろうね。」
私だったら、とっくに音を上げてたと思う。
だからこそ、何とかしなきゃと思ったんだけど。
「あれからは仕事量も安定してるみたいで良かったよ。」
「真奈さんのおかげですよ。だから俺は…」
~~~~♪
「あ、ごめん。電話だ。はい、もしもし小原です。いつもお世話になっております。はい。はい。……」
「……」
「…はい。ではお待ちしております。はい。失礼いたします。」
「仕事の電話ですか?」
「うん。取引先の担当者が変わるんだって。後日挨拶周りに伺いますって。」
「この時期に?」
「多分寿退社だな~。この前チラッとそんな話聞いたし。」
「女性の方だったんですか?」
「うん。同世代で気の合う人だったからやりやすかったんだけど。」
次の担当者が気が合わない人だったら憂鬱だな。
「次が男性だったら嫌だな…」
「ん?何か言った?」
「あ、いえ。次も気の合う”女性”の担当者さんだったら良いですよね。」
「そうね。そうだと凄く有難いな。」
少し冷めかけているコロッケを頬張る。
ちょっと冷めてるけど、それでも美味しい。
「そうだ。真奈さん今週末って何か予定ありますか?」
「今週末?」
「映画のチケットあるんですけど、一緒に行きませんか?」
「…ねえ成海君。前々から聞こうと思ってたんだけど、プライベートで誘う女の子いないの?」
ランチに他の女子社員誘えっていうのはさっき怒られたけど、これはプライベートの事だし、質問だから大丈夫よね。
ずっと気になってたんだよね。
だって先々週も誘われたし、その前も一緒にお出かけしてる。
「いますよ?」
「だったら」
「目の前に。だから誘ってます。真奈さんも女の子でしょ?それで、今週末空いてますよね?」
「空いてるけど…」
「じゃあ決まり。後で時間とか待ち合わせ場所とか決めましょう。とりあえず、急いで食べないと時間無くなっちゃいますよ。」
「うん。」
私、成海君に女性として見られてるのかな?
…いや、違うか。
気兼ねなく誘える女性って思われてるんだろう。
彼氏いないのバレてるしね。
恋愛対象とかじゃなくて、お姉ちゃんみたいな感じ?
この懐かれ具合をみても、きっとそう。
目の前で楽しそうに笑っている成海君の背後に、左右に激しく揺れる尻尾が見えたような気がした。
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