1195人が本棚に入れています
本棚に追加
3話
「ごめん!待たせた?」
「大丈夫です。そんなに待ってないですから。」
日曜日。
約束通り映画を見るために、待ち合わせ場所にやってきた。
10分も早く着いたのにすでに立ってるなんて、一体どれぐらい前からいたんだか。
何回かこうして一緒に出かけてるけど、いつも早いのよね。
今日こそはって思ったんだけどな。
「じゃあ行きましょうか。」
「そうだね。ところで、今日はどんな映画見るの?」
「ホラーです。」
「ホラー?」
「はい。なかなか怖くて面白いって聞いたので。」
「そっか。ホラーか…」
私、ホラー苦手なのよね。
怖いというよりも、驚きすぎて心臓が痛くなるというか。
だってあんな急にバーンって出てきたら、そりゃビックリするでしょ。
あとは音。効果音とかBGMとかも容赦なく驚かせてくるし。
叫ばずにいられる自信がない。
「もしかして、怖いの苦手でした?」
「怖いのが苦手っていうか、驚くのが苦手?別に怖いわけじゃないのよ。」
「もし怖かったら俺に掴まってくれてもいいですよ。」
「そういうのは好意を持ってる女の子に言いなさいね。もし私が勘違いしたらどうするのよ。」
「大歓迎ですよ?むしろ真奈さんだから言ってます。」
「はいはい。ほら、さっさと行くよ。」
「…どう言ったら本気にしてくれるんだろ。」
「はーやーく!」
「はーい!」
************
「ねえ、成海君。3Dとは聞いてないんだけど。」
映画館に入った後、渡された物に驚愕しながら席に着く。
普通に見るのでさえ驚くのに、3Dなんて無理なんじゃないのかな、私。
「すみません。俺もまさか3Dとは…ちゃんと見ておけば良かったですね。ごめんなさい…」
そんなにしょんぼりされたら、これ以上は言えないじゃない。
ああ、頭に垂れた耳が見える。
「まあ、知らなかったものはしょうがない。案外平気かもしれないしね。だからそんなにしょげないの。」
「ありがとうございます…本当、真奈さんって優しいですよね。」
「そんなことないよ。こんなんで優しいとか言ってたら、そこら中に国宝級の優しさを持った女の子がいることになるわよ?」
「そんなことありますよ。真奈さんはいつもさりげなく優しいです。俺は、真奈さんのそういう所が好きなんですから。」
”好き”というワードに一瞬ドキッとしてしまった。
成海君が言ってるのは、人として、みたいなことだって。
何一瞬ときめいちゃってんの私。
「あ、もうすぐ始まりますね。ちゃんと装着出来ましたか?」
「え?あ、うん。これで大丈夫だと思うんだけど、ちょっとズレちゃうかな。」
「う~ん。真奈さんには少し大きいんですかね?ちょっとだけ触りますよ。」
「え…」
成海君の腕が近づいて来たと思ったら、指が耳に触れた。
微調整してくれているようだけど、内心それ所じゃない。
久しぶりに男の人に触れられたっていうのもあるけど…男性っぽい指の感触や近づいた時の匂いに、ドキドキしてくる。
さっき一瞬ドキッとしたせいだわ、絶対。
「これで多少はズレにくくなりました?」
「う、うん。ありがとう。」
「真奈さん?どうかしました?」
「な、何でもないよ!それより映画始まるから見よう。」
「はい。」
納得出来て無さそうな素振りだけど、映画が始まったことで意識がそっちに向いてくれたようだ。
助かった。
ドキドキしたなんて、そんなこと言えるわけない。
いくら懐かれてるからって、勘違いだけはしないようにしなきゃ。
「……ひっ!」
映画が始まって数十分。
私の両手は、成海君の左腕を掴んでいる。
いやだって、やっぱ3Dだからいつもよりビックリ度合いが高くて。
突然目の前に顔が出てきたら、叫びたくもなるし何かに掴まりたくもなるでしょ。
周りからも、チラホラ女性の叫び声が聞こえているから、ちょっとぐらい声だしてもいいよね。
「…ひぃぃっ!」
きゃあっとか可愛らしい驚き方が出来ない自分が心底残念だけど、そんなことには構っていられない。
「真奈さん、怖かったらもっとくっついてもいいですよ?」
左腕をガシッと掴んでいると、成海君に小声で話しかけられた。
でも意味が分からない。
もっとくっつくってどういう事?
「もっとって…」
「こうしたほうが落ち着くんじゃないですか?」
成海君の右手に誘導されるがままにしていると、両腕で左腕に巻き付く格好になった。
いや、さすがにこれはダメでしょ。
恋人でもあるまいし。
近すぎだよ。
「これはちょっと…」
「俺はこの方がいいです。真奈さんを近くに感じられて俺も安心する。真奈さんもこの方が怖くないでしょ?」
いくらこの方が怖くなくても、ちょっとね。
やっぱりさっきの方が…
「…ぎゃあっ!!」
目の前に突然現れた恐ろしい顔に、左腕に更にぎゅっと巻き付いてしまった。
…前言撤回。
成海君には申し訳ないけど、終わるまでこのままでいさせてもらおう。
「大丈夫ですか?真奈さん。」
「なんとかね…」
映画を見終わっても、まだ目の前に顔が浮かんでるみたい。
ホラーは3Dで見るもんじゃないわ。
心臓痛い…絶対寿命縮まった。
そういえば、ずっと彼の腕に力いっぱい掴まってたけど、大丈夫なのかな?
「ごめんね、腕痛くない?結構力入れちゃってたんだけど…」
「全然大丈夫ですよ。真奈さんの力ぐらいで痛くなる程やわじゃないですし。」
「大丈夫ならいいんだけど。後で痛くなったりしたら教えてね。」
「…その時は、真奈さん看病してくれますか?」
「そりゃ出来ることはするよ。」
私のせいなんだし。
もしかして、やっぱり痛いのかしら。
「じゃあ、痛くなったらいいのにな。そしたら真奈さんと一緒にいられるのに。」
「何言ってんの。痛くない方がいいじゃない。本当に、痛くないのね?」
「残念ながら痛くありません。真奈さんの力が弱いせいですよ。もっと力強く抱きついてくれたら良かったのに。」
充分力いっぱいだったんだけど。
さすがに男の人ね。
「この後どうします?カフェでも行って少し休憩しましょうか。」
「そうだね。そうしてくれるとありがたいかも。」
「じゃあ、いいお店あるのでそこに行きましょう。はい。」
目の前に出された手に、思わず目を瞬かせる。
「行かないんですか?」
「行く、けど……?」
差し出されたままの手。
もしかして立たせてくれるってことだろうか。
驚きすぎて、ちょっと脱力してるからありがたい。
遠慮なく捕まらせてもらおう。
右手を伸ばして捕まると、難なく立ち上がらせてもらえる。
さすが。
「ありがとう。」
「いいえ。じゃあ行きましょう。」
「え、ちょっと待った!手そのままなんだけど。」
握られたままの右手を見る。
さすがにダメでしょ。
「ダメですか?」
「当たり前でしょ。恋人でもあるまいし。」
「じゃあ恋人になってください。」
「あのね、そういう冗談は…」
「冗談だと思いますか?」
え…何でそんな急に真剣な顔するの?
「成海君…?」
「…すみません。困らせるつもりじゃなかった。…とにかく、今は力も入らないでしょうから、繋いでてください。こけたりしたら大変ですから。」
「うん…」
今はいつもと同じ柔らかい表情だけど…
さっきのは何だったんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!