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4話
「真奈さん、おはようございます。」
「あ、おはよう成海君。」
良かった。
いつもと変わらないみたい。
昨日、あれから少し様子が変なまま別れたから気になってたんだけど、大丈夫みたいね。
さて、今日の予定は、と。
あ~、例の変更になった担当さんが来るんだった。
本当に、話しやすい人であることを願いたい。
「小原さん、受付からお電話です。」
受付?
「ありがとう。はい、お電話変わりました。小原です。…はい。そのままご案内してください。」
来たか。それにしても、まさか1人で来るとは…
ますます緊張する。
よしっ。
「…来られたんですか?」
「うん、そうみたい。行ってくるね。」
「頑張ってくださいね。」
今日は挨拶するだけだから、そんなに気合い入れる必要もないんだけどね。
「はぁ…」
このドアの向こうにいるのか…
ああ、やっぱり緊張する。
どんな人なんだろう。男性か女性かすらも分からないからな。
ーーコンコンコンーー
「失礼します。お待たせしました。担当の小原と言い、ま、す…?」
「…真奈?」
「え、敬之?何で?」
「何でって、担当変更の挨拶に来たんだけど…まさか真奈が担当だったとはな。驚いた。」
…そうでしょうね。
元恋人が担当者だって知ってたら普通は断るだろうし。
「というわけで、これからよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。…あ~でも、何かちょっと気が抜けた。」
「何で?」
「いや、どんな人が担当なんだろうってちょっと緊張してたからさ。」
「聞いてなかったのか?担当がどんな人か。」
「うん。担当変わりますって言われただけ。」
「あ~。あの人今つわりでそれどころじゃないからなぁ。普段は凄く気が回る人なんだけど。」
「え、おめでたなの?!」
「おー、そうだってさ。それで急遽担当変更。」
なるほど。それで。
そういや彼女、結婚しても仕事は辞めないって言ってたな。
辞めないんだったら担当変わる必要もないもんね。
「それはおめでたいね~。」
「…お前は?」
「ん?」
「結婚してないの?苗字そのままだけど。」
「してない所か、恋人すらいませんけど何か?そっちは?いい人いないの?」
「俺は仕事が恋人だから。」
「要するに、いないんだ。」
「ほっとけ。お互い様だろ。」
「プッ…あはは!」
何だろう。この感じ懐かしい。
あの頃も、こんな風に笑い合ってたっけ。
「あ、やべっ。次の所行かないと。」
「エレベーターまで送るよ。」
「ありがと。」
何か不思議な気持ち。
敬之と仕事で会うことになるとか思ってなかったな。
「なあ真奈。お前電話の番号変わってる?」
「変わってないけど?」
「なら後で電話するから今晩空けといて。飯でも食いに行こう。」
「おごりで?」
「ちゃっかりしてんな。しょうがないからおごってやるよ。久々だし。」
「わーい。ラッキー。」
「んじゃ、また後で。…本日はありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
ふぅ。
ちょっと予想外の展開だったけど、一安心かな。
「真奈さん。」
「成海君?どうしたのそんな所で。」
「…あの人ですか?新しい担当の方。」
「うん、そうだけど…」
何か成海君辛そうなんだけど、体調でも悪いのかな。
「ねえ成海君。どこか具合でも…」
「真奈さん。あの人とお知り合いなんですか?初めて会ったにしては、凄く親しそうでしたけど。」
「ああ、うん。まあ…」
流石に元彼とは言えないな。
「…もしかして、元恋人、とかですか。」
「え?何で…?!」
「やっぱりそうなんだ。」
しまった。
こんな反応、そうですって言ってるようなもんじゃないの。
「あのね成海君。この事は内緒にしてね。担当が元恋人とか、何か色々とまずい気がするから。」
「…そうですね。分かりました。」
やっぱり、何だか辛そう。
「ねえ、どこか具合悪いんじゃないの?辛そうだけど。」
「…少し前から、すごく辛いですよ。気分も悪いし。」
「医務室行く?それかもう早退して休む?」
「それはいいです。でもその代わり…真奈さんにお願いしたい事があります。」
「お願い?何?」
「昼ごはんの時に言います。なので、今日も一緒に行きましょうね、お昼。」
「うん、それはいいけど…」
何だろう?
成海君がお願い事なんて、ちょっと珍しいな。
「ねえ、成海君。これがお願い事なの?」
「はい。」
お昼ご飯の後、屋上になんて連れてくるから何かと思えば。
「真奈さんの膝枕、気持ちいい…」
「そう?」
「はい。すぐに寝ちゃいそう…」
お願い事が、まさか膝枕とはね。
それはちょっとなと思ったけど、体調悪そうだからついOKしちゃったのよね。
あの子犬のような目でお願いされて、断れる自信は私にはないわ…。
でも、ちょっと今後悔してる。
だって、安心したようにウトウトする成海君とは反対に、私の胸はドキドキして落ち着かないから。
膝枕したのなんていつぶりだろ。
成海君の髪の毛、フワフワだな~。
触ったら気持ちよさそう。
「真奈さん…?」
「あ、ごめん。」
思わず髪の毛撫でちゃった。
「止めないで、続けてください。真奈さんに撫でられるの気持ちいい。」
「…うん。」
「ふわぁ~…」
「少し寝たら?その為に膝枕してるんだし。時間になったら起こしてあげるから。」
「はい…すみません…………すぅー…」
「もう寝ちゃった。よっぽどしんどかったのかな。」
本当に早退しなくて良かったのかしら。
~~~♪
「ん?誰だろこの番号。」
もしかして。
「もしもし。」
「俺だけど。忙しかった?」
「やっぱ敬之か。ごめん、誰か分からなかったから出るの躊躇した。」
「…お前、俺の番号消してたんだな。」
「消したわけじゃないんだけどね。他の番号達と共に消え去られたというか~…」
「また何かやらかしたんだな。」
「うるさいな。」
またとは何よ。
そりゃ敬之と付き合ってる時にも、水没させたことあったけどさ。
「で、どうしたの?」
「どうしたのって…飯!俺の奢りで行くって約束しただろ。」
「あ、そうだった。」
「今日の仕事どんな感じ?終わりそう?」
「うん。特に何もなければ定時だと思う。」
「俺も多分そこまで遅くならないと思うから、そうだな…19時に駅前でいいか?」
「うん、分かった。」
「遅くなりそうな時は電話するから。ちゃんと番号登録しとけよ。」
「はいはい。」
「じゃあまたな。」
「うん。またね。」
19時に駅前か。
定時で上がったら1時間ぐらい時間があるけど、どこで潰そうかな~。
「んん…あれ…真奈さん…?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?ちょっと今電話してて。」
「いえ…大丈夫、です。う~ん…よっと。ありがとうございました。ちょっとすっきりしました。足、大丈夫ですか?痺れたりしてません?」
「平気だよ。10分ぐらいしかしてないし。」
「それなら良かったです。…こういうの、いつもしてもらえる関係になれたらいいのに…」
「え?」
「…真奈さん。今度ゆっくり時間を作ってもらえませんか。」
「時間?」
「はい。真奈さんに、ちゃんと俺に向き合ってもらいたいんです。」
「向き合う…?」
って、どういう事?
「あ、もう時間ですね。戻りましょうか。」
「え、待って。」
もやもやしたままなんだけど!
「向き合うって何?」
「それは…その時に分かりますよ。今ここで適当には伝えたくないので…すみません。」
「…分かった。じゃあ、今週末に時間作るよ。」
「ありがとうございます。詳しい事はまた後で決めましょう。」
「うん。」
何なんだろうっていう、もやもやしたのを長引かせるのって嫌だからね。
でも、聞きたいような聞きたくないような…
ちょっと怖い気もする。
俺に向き合って欲しい、か…。
聞いてしまったら、今のこの関係が壊れたりとかするのかな…。
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