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第一章 白銀の獣
その獣はじつに美しかった。
暗く湿った沼地にいながら、全身を覆う白銀の体毛は汚れを知らず。足音も立てずに月明かりの下を闊歩する姿は神々しさすら感じられた。
白銀の虎。――否、違う。
虎のようではあるが、頭部からは山羊のように捻じ曲がった立派な角が二本伸び、三つある尾は狐のよう。大きさも、普通の虎と比べてゆうに二回りは大きい。
陰鬱とした沼地を抜けると、岩肌がむき出しになった小さな山が姿を見せる。
ピタリと獣の歩みが止まった。
鋭い牙を剥き出しにし、まるで威嚇するように低く唸り声をあげる。
睨みつける視線の先には、岩山を背に立つ一人の戦士の姿があった。
全身を厚い甲冑で覆い、性別すらも分からない。身の丈ほどもある大剣を携え、獣を待ち構えていたかのように立ちはだかっていた。
天に向かって獣は吼えた。
耳をつんざく咆哮が地を揺らし、大気を震わせる。沼地で死肉を啄んでいたハゲタカたちが一斉に飛び立ち、けたたましい羽音を立てる。
しかし、戦士は微動だにしなかった。
次の瞬間、獣は一足飛びに戦士に襲い掛かった。
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