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第二章 発端
「腕の立つ戦士殿と見込んでお願いしたいことがあるんじゃが」
村長は開口一番そう言った。
「最近この辺りに魔物が棲みついてな。時々村にやってきては人を攫って行く」
話を聞いているのかいないのか。テーブル席に座っていた戦士は返事もせずに黙したままだった。
村長は戦士が拒否しなのを良いことに、そのまま話を続けた。
「奴も村のことを餌場とでも思っておるのか、村を滅ぼそうというつもりは無いらしい。とはいえ、次は自分の番かもしれんと村の者たちは毎日怯えて暮らしておる。じゃから、頼む!」
村長はテーブルに額をこすり付ける勢いで頭を下げた。
「見ての通り小さくて貧しい村じゃが、依頼料は何とか工面する。奴を退治してくださらんか」
戦士は店の中を一瞥した。
村に一軒だけ存在する酒場。夕刻を回り、本来なら書き入れ時であろう時間だというのに、他に客の姿はなかった。寂れているという言葉では物足りないほどに閑古鳥が鳴いているらしい。
それも当然だ。周りを沼地に囲まれ、観光資源も特産物も無い。そんな村を好んで訪れる人などいる訳も無かった。
「そういうのは領主の仕事だろう」
戦士は冷たく言い切った。
その言葉に村長は大きくため息を零し、肩を落とす。
「派兵の嘆願ならとうにしておる。じゃが、こんな小さな村がどうなろうと、領主様には関係ないんじゃろう」
珍しい話ではない。領主の抱える兵たちの数にも限りがある。小さな村のことなど後回しになるのは、どこの地域でも同じだった。
だからこそ、冒険者や傭兵といった職業が成り立つのだ。
「その魔物は手ごわいのか?」
「この辺りのヌシみたいな奴じゃ。並みの魔物では無い。さしずめ、沼地の王と言ったところか」
悲痛な面持ちで告げる村長とは対照的に、甲冑で覆われて顔こそ見えぬものの、戦士の方はどこか嬉しそうだった。
「分かった。引き受けよう」
微かに高揚した声で戦士は応じた。
「本当ですか! 感謝致します」
村長は相好を崩して感謝の言葉を口にした。戦士に礼を述べようとして、ふと言葉に詰まる。
「そういえば名前もうかがっておりませんでしたな」
「ゼノンと呼んでくれ」
戦士はそう名乗った。
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