プロローグ

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プロローグ

「いってらっしゃい」 午前7時20分。 いつものように玄関で靴を履き終えた理人(りひと)さんに、穏やかな笑みを向けながらビジネスバッグを手渡す。 マンションの玄関を開けた理人さんはビジネスバッグを受け取ると、「ああ、行ってくる」と言って口角を上げて私を見つめた。 長身でパーマのかかった短めの黒髪。 前髪を上げて額を出したアップバングの髪型は大人の色気を醸し出している。 吸い込まれそうなほど黒くて綺麗な二重の瞳に、鼻筋の通った整った顔立ち。 オーダーで仕立てた高級スーツを身に纏い爽やかな笑顔を向けるその男性は、『イケメン』と言う言葉がぴったりと当てはまる人だ。 綺麗な理人さんの顔に一瞬見惚れそうになりながらも玄関を開けて見送っていると、隣のドアが開き、私たちより年配のご夫婦が出てきた。 「おはようございます」 理人さんと2人で頭を下げながらにこやかに挨拶をする。 「おはようございます。ご主人もこれからご出勤なんですね。奥さんも若いのにいつもきちんと玄関でお見送りされて、ほんと素敵な新婚さんで羨ましいわ」 隣の奥さんの他意のない言葉に、私は曖昧な笑みを浮かべて返した。 きっと傍から見たら私は幸せな奥さんとして映っているに違いない。 朝から優しくてイケメンな旦那に愛されながら毎日お見送りをする専業主婦。 ラブラブで甘い2人の生活を楽しんでいる新婚夫婦。 私たちを見たら、誰もがそう答えるだろう。 だけど──。 これは他人を欺く演技であって、私と理人さんの間には愛情も感情もない。 2人の間にあるのは夫婦という契約。 ただそれだけだ。 隣のご夫婦に「いってらっしゃい」と声をかけて玄関を閉めた私は、引き攣りそうになっていた笑顔を消すと、安堵するように大きな息を吐いた。
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