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「綾瀬常務、こちらにいらっしゃいましたか。本日はお忙しいところご出席いただきありがとうございます。先ほどお父上の綾瀬社長と、お兄様の綾瀬副社長にはご挨拶をさせていただきました。そしたらお2人から常務がご結婚されたと聞いてびっくり致しましてぜひお祝いをと……。もしかしてお隣にいらっしゃるのが奥様ですか?」
口調は丁寧で顔も微笑んでいるが、遥菜を品定めするように視線を上から下へと移動させる。
まったくもって不愉快な社長だ。
俺は「そんな顔して遥菜をじろじろ見るな」と言いたいのをグッと堪えながら、涼しい顔を装い笑顔を向けた。
「大和社長、本日はおめでとうございます。こちらから先にご挨拶に伺うところ、社長自らお越しいただきまして大変申し訳ございません。私事ではございますが先々月に結婚致しまして、こちらが妻の遥菜です」
仲の良さをアピールするように遥菜の肩へ手をまわす。
「初めまして、妻の遥菜と申します。どうぞよろしくお願い致します」
俺に続き遥菜がにこやかに深く頭を下げながら丁寧に挨拶をした。
遥菜の挨拶に大和社長とその隣の女性が笑顔も見せず突き刺すような視線を向けた。
遥菜は不安になったのだろう。
俺に助けを求めるような顔を向けてきた。
(こいつをこんな顔にさせやがって……)
俺は遥菜が気にしないように優しく微笑んだあと、大和社長の方を向いた。
「私もやっと自分の人生をかけて幸せにしたい、守りたいと思う女性に巡り会えました。まだまだ未熟ですが、これからは妻のためにも精進を重ね、仕事に邁進していく所存です。これからもどうぞよろしくお願い致します」
お前たちの立ち入る隙はないという意味を込めて言った言葉だったのだが、どういうわけか遥菜は涙を流していた。
涙の意味は分からないが、おそらく本当のことならまだしも俺たちは契約上の関係なのに、愛してもいない俺にこんなことを言われ、辛かったのかもしれない。
だが、俺は心のどこかで、こんな不安そうな遥菜をずっとそばで守ってやりたい──。
そう思ったのは事実だった。
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