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ホテルに入った後、目的のバーに向かう前に一度トイレに行っておこうと、ロビー近くの化粧室に入る。
トイレから出て手を洗っていると、偶然にも同じ会社の総務部にいる西田香里さんが入ってきた。
「あっ」
お互いに顔を見合わせてびっくりしながらも、私は西田さんに会釈をした。
営業部の私と総務部の彼女。
業務的にほとんど接点はないけれど、エレベーターで一緒になれば話をしたりしてお互いに顔は知っている。
「あ、桜井さん。お疲れさまです。こんなところで会うなんて……」
ざっくりとしたオフショルダーのカーキのニットに黒い細身のパンツを合わせて、ショートブーツを履いている。
確か彼女は私より3歳下のはずだが、バッチリと濃いメイクをした顔は、私よりも大人びて見えた。
「そうだよね。こんなとこで会うなんて思わないよね。私もびっくりした」
「桜井さんは今日はここで食事ですか?」
「あ、うん……。っていうか、ちょっと用事があって……。西田さんは?」
ひとりでここのバーに来たということをなんとなく知られたくなくて、曖昧な笑みを浮かべながら聞き返す。
「はい。私は彼氏とここでこれから食事なんです」
嬉しそうな笑顔でそう答えた西田さんは、さらりと右側の髪の毛を耳にかけた。
耳元からキラキラと輝くピアスが現れ、ゆらゆらと小さく揺れている。
その瞬間、私は目を奪われた。
(えっ? これって……)
同時に胸の鼓動が警鐘を鳴らすように、ドクドクと激しく動き始める。
(う、うそでしょ……?)
透き通ったブルーの石が連なったピアス。
清貴の車の中で見たあのピアスだ。
(違う……。絶対に違う……)
(偶然……。きっと偶然一緒なだけ……)
「桜井さん? どうかしました?」
ニヤリと微笑んだ西田さんは私の顔を覗きこんだ。
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