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こんな姿を見せるために話をしているんじゃないのに、次々と涙が流れ出し、頬に伝った涙を指で何度も拭う。
そして、自分の書く場所だけ記載しておいた離婚届を机の上に出した。
「今日、藍沢梨香子さんにお会いしました。梨香子さんには契約結婚のことは話していませんが、理人さんと離婚することは伝えました。私の名前は記載してます。理人さんも署名していただいて、役所に提出してもらえますか」
離婚届を綾瀬さんの前にスッと差し出す。
「それとお願いがありまして、もう少しだけここに居させてもらうことは可能ですか? 早めに次に住む家を探して出て行きますので、家が決まるまで、ここに居させてもらえないでしょうか? 約束を破ったうえに勝手なお願いをしているのは分かっています。本当にできるだけ早く出ていきますので……」
もう一度綾瀬さんに頭を下げる。
するとずっと黙って聞いていた綾瀬さんが静かに口を開いた。
「話は分かった。だがこの契約書を見ると、俺が君に慰謝料としてマンションを渡す約束をしている。これはどうなるんだ? こうして約束している以上、俺が渡さないといけないだろう」
「その約束は全て無しにしてください。私は理人さんと約束していたことを全て破りました。なので慰謝料としてマンションなんかもらえません。それとこれは生活費としていただいていたクレジットカードです。こちらもお返しします」
綾瀬さんが机の上の離婚届とクレジットカードをじっと見つめた。
「なあ……、本当にここから出ていくのか?」
綾瀬さんが確認するように私を見つめる。
「はい。約束ですから」
こくんと頷き、泣きながら笑顔を作り笑って見せる。
最後くらい笑顔のままで別れたい。
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