梨香子の出現

18/18
114457人が本棚に入れています
本棚に追加
/519ページ
「いいえ。これは最初に交わした約束なので、きちんと出て行きます。それとお食事ですけど恐らくもう嫌だと思うので、作らないようにしますね。時間もずらしてなるべく理人さんと顔を合わせないように気をつけます。お仕事でお疲れのところ、お話を聞いてもらってありがとうございました。そして今まで本当に本当にありがとうございました」 最後に立ち上がってもう一度深く頭を下げる。 そして綾瀬さんの顔を見ないまま、私は自分の部屋へと戻っていった。 電気を点ける気にもならず、真っ暗な部屋の中で崩れるように座り込む。 綾瀬さんに自分の気持ちを告げた時点で、この結婚生活が本当に終わったと確信した。 全部全部自分のせいだ。 私が綾瀬さんを好きになったからだ。 約束を破った私が悪いのだ。 綾瀬さんとの楽しかったことばかりが思い出される。 綾瀬さんが私の名前を呼び、微笑んでくれる姿ばかりが走馬灯のように何度も頭の中を駆け巡った。 スマホに入っている綾瀬さんの写真を見つめながら強くぎゅっと握り締める。 私に向かって優しく微笑んでいる顔。大好きな笑顔。 楽しくて幸せだった箱根のデートの写真だ。 「理人さん……。好きでした……。本当に好きでした……。約束破ってごめんなさい……」 私は涙が枯れるまで一晩中泣きつくした。 そして次の日、綾瀬さんが会社に出掛けたあと、1週間分の荷物を詰め込んだスーツケースを持って、私はマンションを出て行った。
/519ページ

最初のコメントを投稿しよう!