最終話 それぞれの冬

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最終話 それぞれの冬

 ミミールはしばらくベッドにうずくまって、憎悪と悔恨に苛まれていた。  キランが帰ってきた。  長い旅からやっと戻ってきてくれた。  だが、彼のそばにミミールの居場所はなかった。  絶対に、今度こそは失敗しないと保証してくれたのに、彼が綾乃を連れて戻って来た。  いったい何の為にダルゾットをティルアンへ引き渡したのか。  残ったものは、大公とキラン第一皇子の疑惑だけである。  何故にアマルシャ王子は綾乃を殺してくれないのか。  せめて監禁してくれていさえすれば、今頃、ミミールはキランとの婚姻の儀を進められていたかもしれない。  あの日、キランたちがヘイグダム王国へ旅立ってすぐ、以前にも話し掛けられたティルアンの者が近づいて来て言った。  ダルゾット親王がいなくなれば、綾乃は正皇妃の座を剥奪される。  まして、彼女が和子のためにカルザニア公国を去ってしまえば、ミミールは存分に誰に遠慮することもなく皇子との愛を育むことが出来るのだ。  綾乃のいない間に男子を産んでしまえば、ミミールが立派な正皇妃の座へ就ける。  儀式など行わずとも、既成事実がありさえすれば、それが婚姻の証明となるのだ。  一日が過ぎ、三日が過ぎ、ひと月が過ぎてしまえば、そばに居ぬ妃より、安心とぬくもりのある女子が傍らにいることに気づくだろう。  皇子がミミールの本当の愛に目覚めた時……。  そう言って、その男は小さな瓶を手渡した。 「うそばっかり! キランお兄さまがミミールの愛に目覚めるどころか、振り向いてくれさえしないわ。アヤノのせいよ。みんな、アヤノが悪いのよ。もう、誰にも頼まない。今度は自分でやるわ。自分でキランお兄さまをミミールのものにしてみせる」  彼女はサイドテーブルに置いてある小瓶に手を伸ばし、それをぎゅっと握り締めた。  これさえあれば、キランはミミールのもの。  誰かがドアをノックして入って来た。 「ミミールさま。まだ拗ねてらっしゃるのですか」  彼女はちらりと侍女を一瞥した。 「大公直々のお話なのですよ。デューイさまとは小さい時から慕われておりましたし、わたしはとても良い縁談だと思います」 「やめて! ダリー。わたしは誰とも婚姻なんてしないわ。キランお兄さま以外の人とは絶対に契らない。あなただって知ってるでしょう」  凄まじい剣幕にたじろいだ侍女のダリーは、首をすくめてすまなそうな表情をした。 「ミミールさまが、キラン第一皇子を愛してらっしゃることは重々承知しています。ですが、皇子にはすでにアヤノ妃がその座に就きました。もう、十九歳なのですから、あきらめてデューイさまと婚姻なさるのが寛容かと存じます」  赤い巻き毛を肩まで伸ばした侍女は、控え目ながらも断固として言った。 「いや、いや、絶対にいや!」  枕を固く握り締めて、まるで子供が駄々をこねるように首を横に振る。
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