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1.ケダモノ
「美咲、ねぇ、美咲ったら!」
強く肩を揺すられて目を覚ましたのは黒髪を無造作に後ろで一つに束ねた、どこか疲れたような表情の女子学生だった。
(あれ、ここ、どこだっけ)
「もう、どうしちゃったのよ。講義とっくに終わってるってば」
机に突っ伏したまま寝てしまっていたらしい。
「昨日バイトが夜勤で……」
牧野美咲は眠そうに目をこすりながら声の主を探す。朝までコンビニでバイトをし、そのまま大学に来たので眠くてたまらない。
「あぁ、葵かぁ。あれ、この授業取ってたっけ?」
「次の講義がこの教室なのよ。あんた最近顔色悪いよ? ちょっとバイトしすぎなんじゃない?」
心配そうに覗き込むのは丸山葵。彼女は美咲の幼馴染であり同じ文学部の学生でもあった。
「うん、でもほら、私お金稼がないと……」
消え入るような声でそう呟く美咲に葵は心配そうな視線を向ける。葵にも美咲の家の事情はよくわかっていた。牧野家と丸山家は家が近所でどちらの家も商売をしている。牧野の家は薬局を、丸山の家はクリーニング店を営んでいる、いや、薬局の方は“営んでいた”だ。牧野家の薬局はある事情により廃業している。そのあたりを知っている葵は思わず口ごもった。
「うん……。でも体壊しちゃったらどうしようもないじゃん。ちゃんと睡眠取らないと」
心配そうに言う葵に美咲は笑顔を向けた。
「ありがとう。そだね、今日はもう帰って寝るよ。どうせ講義聞いててもなぁんも頭はいんないし」
そう言って机の上の私物を片付け始める。スマートフォンの通知ランプが淡く明滅していた。美咲はロックを解除して画面を見ている。どうやらメールが届いたらしい。メールだ、と呟きその文面を目にした瞬間美咲は鋭く息を呑んだ。
「どした?」
ひどく驚いたような彼女の仕草に葵が思わず声をかける。だが美咲は何でもないよ、と答えスマートフォンを鞄に押し込んだ。さっきよりも更に顔色が悪い。
「じゃあ、行くね」
それが大学で目にする牧野美咲の最後の姿であった。
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