1.ケダモノ

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 兄が事件を起こした数日後、私は部屋の中でぼんやりとスマートフォンの画面を眺めていた。今いるのは自宅から電車で数駅離れた叔母の家だ。あの事件以来自宅にはマスコミが押し寄せ到底生活できるような環境ではなくなってしまい叔母の家に世話になっている。 「父さんと母さんはここから離れられないし逃げられない。雄一のこと、もっとちゃんと見ていればよかったと後悔もあるしね。でも美咲は違う。お前は京子叔母さんのところに行きなさい」  そう言われて家を出たのだ。叔母は父の妹で数年前に夫を亡くしており子供もいない。夫の遺産で経済的にはかなり余裕があり高級マンションで悠々自適の生活を送っている。幼い時からずいぶん可愛がってもらい泊まりがけで遊びに来ることもしばしばだった。叔母さん家の子供になりたい、と駄々をこねたこともある。  案の定叔母は温かく迎えてくれた。お金の心配もしなくていいからね、そうも言ってくれた。それでも何かしていないといろいろ考え過ぎて頭がパンクしそうだったし、お金はいくらあってもいい。私はアルバイトを探した。そう、今はまだ連絡を取れないけれどほとぼりが冷めたら彼とデートもできるようになる。その時着ていく服も買わなくちゃ。  何かいいアルバイトはないかとスマートフォンの画面を見ていると、あるサイトの広告欄にパパ活サイトの広告が表示されていた。てっとり早くお金を稼ぐならこれ!そんな謳い文句が画面に踊っている。ちょっと興味を惹かれた。そう、体を売るんじゃない、ただ一緒に食事をしたりちょっとしたデートに付き合ったりするだけ、それだけでお金がもらえる。後ろ暗いところなんてない、みんながやってることだ、そう自分に言い聞かせるようにして登録画面に情報を入力していった。登録するとすぐに何通かメッセージが来る。その中の一つに目を留めた。それは、“行ってみたいカフェがあるが男一人では入りにくい。一緒に行ってもらえないだろうか”というものだった。一時間で一万円くれるという。指定されていたのも人通りの多い場所にあるカフェだ。これなら心配ないだろう。そう思いOKをした。  待ち合わせ当日、いつまで経っても相手は現れない。悪戯だったのか、そう思い席を立ち会計を済ませる。すると女子高生が声をかけてきた。 「あのぉ、これ」  そう言って封筒を差し出すと私に押し付け去っていく。慌てて追いかけようとするが既に人混みに紛れてしまい見つけることはできなかった。ありふれた白い封筒。封を開けて驚く。 「何、これ」  中には一万円札が一枚とメッセージの書かれた小さな紙が入っていた。 ――楽しませていただきました 「どういうことよ……」  思わず周りを見渡す。どこかで自分を見ていたということか。話すらせずにお金をもらうことができてラッキー、そう単純に割り切れるものでもなかった。何だか薄気味悪い。私は急いでサイトから退会し近所のコンビニでアルバイトを始めた。
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