1.ケダモノ

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 それから数日後、知らないアドレスからメールが届いた。 ――この前はどうも。またあのカフェで待ち合わせしない?  あの時の男だ。でもどうしてメールアドレスを知ってるんだろう。個人情報は相手に知られていないはずだ。私はメールを削除した。それから数日は何事もなく過ぎコンビニでのアルバイトにも慣れてきた。  その日、夜勤担当のアルバイトが急に来られなくなったということで初めて夜勤に入ることになった。バイトが終わるとそのまま大学に向かい、講義に出たはいいが眠気に負け机に突っ伏して熟睡して寝てしまう。すると幼馴染の葵に声をかけられた。事件以来何かと気にかけてくれている。今日はもう帰ろうと思い机の上を片付けているとメールの着信に気付く。ようやく彼から連絡が来たのかと思い急いでメールを開いたが知らないアドレスからだ。 ――あれあれ、無視かい? 何もせずお金もらっておいて終わり? 兄も兄なら妹も妹だ  兄も兄なら妹も妹……。その言葉に思わず息をのんだ。葵が不審な目で見ている。私は慌ててスマートフォンを鞄に突っ込みその場を後にした。 (またあの男だ。そしてあいつは私があの事件の犯人の妹だと知っている? メッセージ交換の時もちろんそんな話はしていないし本名も名乗ってなんかない。カフェでも名前がわかるようなことはしていないはず。第一、どうして私のメールアドレスを知っている?)  電車に揺られながら考える。そしてふと思いついた。 (まさか、私の顔を知っている人だというの? それであのカフェで私を見かけて、あの事件の犯人の妹だと知って嫌がらせしてやろうと思ったのだろうか)  でもそれならなぜお金を渡すような真似をしたんだろう。考えれば考える程わけがわからない。するとまたメールが届いた。 ――見てますよ  ゾッとした。慌てて回りを見るがそれらしい人物は見当たらない。楽しくお喋りをする女子高生のグループが近くにいるだけだ。私は思わずスマートフォンの電源を切った。(たち)の悪い悪戯だ、気にしないでおこう、無理矢理そう自分に言い聞かせる。叔母の家に帰りシャワーを浴びると少しだけ気が晴れた。 (葵、心配してるかな。それにしても彼、ちっとも連絡くれない。おかしいな)  そんなことを考えつつスマートフォンの電源を入れると、案の定葵からメッセージが来ていた。ごめん、大丈夫、また明日ね、そう返信する。メールも何通か来ていた。 (三十通? なんでこんなに)  嫌な予感がしてメールを開く。二通は通販サイトからの広告メール。残りのメールは全て同じ差出人。あいつからだ。 ――オレはいつもオマエを見ている  慌ててメールを削除する。何だか悪寒がしてきた。明日は大学を休もう。葵にそうメッセージを送り返事も待たずに電源を切る。翌朝、スマートフォンの電源を入れると早速メールの着信通知。おそるおそるメールのアイコンを見ると未読が五十件になっている。あいつからに違いないと思いろくに件名も見ず全て削除した。葵から体調を気遣うメッセージが届いていたので、大したことはないけれどしばらく休むことになると思うと返信し再びスマートフォンの電源を切る。その日は電源を入れる気にもなれなかった。  翌日、おそるおそるスマートフォンの電源を入れるとまたメールが届いていた。そこではたと気付いた。そうだ、着信拒否をすればいいんだ。こんな簡単なことに何故気付かなかったんだろう。早速迷惑メール登録をした。こちらが着信拒否したことは相手にはわからないはずかだ。ほっと胸を撫で下ろす。ところが数時間経つと今度は別のメールアドレスからメールが届くようになった。 ――着信拒否してもムダだよ  再び迷惑メール登録をする。だが相手は次々と違うメールアドレスからメールを送ってきた。 ――ずっと見ているんだからムダなことはやめなよ  いつしか誰もいないはずの部屋で誰かの視線を感じるようになってきた。悪いことに叔母は旅行に出掛けており家にいるのは私一人。着信拒否する気力すらなくなってきた。見なければいいんだ、そう思うがなぜか気になって見てしまう。 ――本当の犯人はオマエだ ――ケダモノはオマエだ  続々と届くメール。 ――ユルサナイ ――ユルサナイ 「やめて、やめて」  どうして私が責められるの、本当の犯人ってなによ。私は加害者の家族ってだけ。あれは愚かな兄がやったこと。私には関係ない。私は全然悪くない。 「ヤメテヤメテヤメテ!」  呟きは徐々に絶叫へと変わっていった。手にしたスマートフォンを壁に叩きつける。ちょうど旅行から帰ってきた叔母がその音と異常な叫び声に驚き部屋に飛び込んできた。 「美咲ちゃん、一体どうし……」  尋常ではない様子の私を見た叔母は思わず言葉を失った。目を吊り上げわなわなと震えている私。ぎゅっと握り締めた両掌からは血が滴っていた。その姿はまるで……。  まるでケダモノのようだったに違いない。
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