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史人は変わらずビニールシートに仰向けになりながら、すっかり暗くなった空を見つめた。
桜は紺色の空に馴染むように、青味を増してさわさわと身を揺らしている。
やっぱり夜はまだ冷え込む。
アルコールがきいているうちに帰らないと風邪を引くな、と思った。
花見は3時間ほどで終わった。
ベストポジションさえ押さえることができれば、後は飲み食いする人々を傍観していればいいだけなので、幹事の仕事としては楽だった。
オードブルの惣菜も、きちんとした容器に詰められているだけで、参加者は豪華だと喜んだ。
返却の手間はあるが、プラスチックパックに詰めてもらわなくて正解だった。バカ部もたまには役に立つじゃないか——史人は入社して初めて、園部のことを見直した。
その後は参加者全員で後片付けをして、出たゴミはまとめて園部に持たせたので、史人はオードブルの入っていたお重をかさねて、海人が引き取りに来るのを待つだけだった。
スマートフォンから海人にメッセージを送ると、彼からはすぐに返事が来た。
「今から重箱の回収に行きまーす。花見楽しかった?」
史人は「フツー」とだけ送ると、わけのわからないスタンプだけが返ってきた。
画面を見ながら笑っていると——今度は仕事用のスマートフォンが鳴った。
園部光、と表示されている。
「まだ公園にいんだろー? お前」
こちらが言葉を発する前に、園部はおかまいなしに、酔っ払ってだらしない声をぶちまけてきた。
大体「幹事お疲れ様」ぐらい言えないのだろうか、この男は。
「いますけど」
「言い忘れてたんだけど、さっき会社出る時に泉さんに会ってさー。ふしだらに会いたがってたよ」
「え……?」
「会議とかでたまにこっち帰ってきてんだってさ。で、なんか5分前くらいにもまた電話かかってきてさ、ここらへんで飲んでたらしくて、まだ近くにいるんだと。だからお前が公園にいるって言っといたー」
「は、はぁ? なんで……」
「あ、お前さー。オードブルさー、なんでエビフライの入ってるやつにしなかったの? ビールもスーパードライじゃないし。萎えたわー。じゃーな」
一方的にダメ出しをされたあと、電話はぷつりと切れた。
——クソ部。
てめーの好みなんざ知ったこっちゃねぇ。
そんなにエビが好きなら海老責めの刑にでも処してやろうか。
舌打ちを打つのと同時に、背後から肩を叩かれた。
せめて園部が花見中に教えてくれていたら——そう思ったが、もう遅かった。
その叩き方、指先の力強さはよく知っていた。
史人は目を瞑り、ゆっくりと呼吸をした。
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