公園沿いのお弁当屋さん

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「史人」 恐る恐る振り返ると、薬指にはまだプラチナの輪がはめられていて、少しだけホッとした。 「泉さん……なんでいるんですか?」 「こっちで展示会があって出張。来てる間に、どうしても史人に会いたくて」 彼の喋り声は思いの外、冷静だった。 懐に小刀を忍ばせている気配もなさそうだ。 「なんでこの前逃げたの?」 「会いたくなかったからです。もう会わないって言いましたよね」 腕を掴まれて、思わず振り解いた。 「話しよ、ね? 史人……」 「話すことはなにもないですから」 淡々と、表情ひとつ変えずに言うと、泉はその穏やかな表情を崩した。 今度は肩を掴まれて、不快感が一気に突き上げてきた。 「さわるなって」 突き飛ばし、立ち上がる。 目的もなく歩き出すと、泉はふたたび腕を掴んできた。 力が———強い。 「やっ……」 そのまま引きずられるようにして公衆トイレに連れ込まれた時、史人は半ば諦めていた。 殺られるならば、犯られるほうがましだと。 泉はふたつある個室のどちらにも入らなかった。 抱き上げられ、共同の洗面台の上に座らせられて——頬を撫でつけられた。 「こういう風に座って俺を誘ったのは、史人だろ……」 「覚えていません」 関係した相手に言い寄られた時は、感情を一切出さずに淡々と返すのが、史人の流儀だった。 大抵の相手はこれで身を引くのだが、泉は歴代三本指に入るぐらいにしつこい。 「史人がつれないのは、俺が結婚してるからだろ。奥さんに悪いって思ってるから——」 「違います」 「離婚するよ。本気だから」 捲し立てられて、そのまま唇を塞がれてしまった。 おいおい、勘弁してくれよ———— 頭を抱えたくなったが、舌を絡められると思考が鈍ってしまった。 「う、んんっ……」 胸を押すが、びくともしない。 やはり泉は、キスがうまい。 舌で口腔内をやさしくかき回されると、いたるところが麻痺していく。 「大阪で、ずっと史人のこと考えてた……」 スーツ越しに下半身を撫でつけられると、もうなにも考えられなくなる。 キスひとつで恐怖心さえも性欲に変わってしまう自分自身にうんざりした。 「や……、触らないでっ」 高い声が反響する。 ベルトを外され、直に触れられて、体が跳ねた。 自分のなにが、ここまで彼を夢中にさせるのだろう。 狂気じみた執着に身震いしながらも、間近に迫る泉の顔はやはり好みだった。 「あ、あぁ、待っ……っ」 すでにもう、抵抗や理性は泉の手のひらの中だった。 唇をこじ開けられ、舌先をちろちろと動かし舐めまわされる。 先走りの液があふれて、いやらしい音を立て始めた。 「ん、いっちゃう、いくから……っ」 「出していいよ、史人」 耳に息を差し込まれて、意識が遠のく。 先ほどよりも滑りがよくなり、快感が強くなった。 「だめ……、あっ……——」 泉の手首を掴んでみたものの、呆気なく放出してしまった。 「いっぱい出たね。よかった」 泉は、大きな手のひらを握ったり開いたりしながら、史人が放ったものを弄ぶようにした。 なにがよかったんだろう———— ぼんやりと思いかけていたら、体の向きを変えられて、洗面台に手をつかされた。 パンツを下着ごと下ろされて、史人ははっとした。
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