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手を引き、トイレの個室のドアを開ける。
大きな体を押し込んで扉を閉めると、その瞳が揺れた。
「設楽さん、ちょっと!」
跪き、彼の細身のスウェットパンツをずらして、かたくなったままのそこを撫でる。
「だって、勃ってるじゃん」
見上げると、恥じらいを浮かべながら見下ろしてきた。
せっかくなので、その表情がどう歪むのか見たいと思い、目を合わせたまま口に含んだ。
舌を使いながら丁寧に扱くと、海人は眉根を寄せてかたく目を閉じた。
「待って、ほんとに……」
感じている顔が可愛い。
困らせたくなって、手もつかって追い込んだ。
「気持ちいい?」
額を軽く押されて、彼の絶頂が近いことを悟った。
史人は唇を離して、あえて手で刺激をした。
「……っ」
海人の放ったものが眼鏡のレンズや頬に飛び散り、伝った。
唇の端についた体液を舌ですくって舐めると、海人は驚いたような顔をした。
「設楽さん、ごめんなさい……」
「ん、大丈夫」
立ち上がり、ドアを開けて水道で顔を洗う。
ハンカチを探してポケットをまさぐっていると、背後から海人がタオルを差し出してくれた。
「引いたでしょ」
受け取り顔を拭うと、鏡越しの海人と目が合った。
「引いてないです。びっくりはしたけど……」
「さっきの、取引先の人でさ。奥さんいるの知ってたのに、俺から誘ってセックスしたの。そしたらあっちが本気になっちゃって、追いかけてきたんだよね。俺は遊びのつもりだったんだけどな」
海人は俯いている。
史人はなぜだかこの青年に幻滅されたかった。
この場限りで、関係を断ち切りたかった。
「そういうの……慣れてるんですか」
「うん。だから今のも別に気にしないでいいよ」
濡れたタオルをそのまま返すべきか迷ったが、次に会うこともないだろうから押し付けるようにして返した。
そのまま彼の隣をすり抜けていく予定だったが、手を掴まれて阻止された。
「送ります」
——予想外の返しに、史人はしばし固まった。
「いいよ。まだ電車あるし」
「俺がまだ、一緒にいたいんです」
かつて、泉にも事後に同じことを言われたが、あの時のようなねっとりとした甘さはない。
しかし史人は、念のために聞いてみた。
「ホテルに行って続きしたいってこと?」
すると海人は唇を震わせて、憤りの表情を見せた。
「違うよ、ばか!」
「ばかって……」
「ただ単に、話したり……もっと一緒にいたいってこと! なんでそーなるんだよ!」
言いながら顔を赤らめるものだから、史人もつられてしまった。
学生など相手にしたことがないからだろうか。
押し寄せてくる青さと甘酸っぱさに、どう反応してよいのかわからなかった。
「俺みたいなクソ人間といたって、時間の無駄だよ」
「クソ人間なんかじゃないです」
そして——頬をつるりと撫でられた。
汚したはずの目は、きらきらと輝いていて、その眩さに思わず目を瞑った。
すると、次の瞬間にはキスをされていた。
「ちゃんと彼女と別れるから……そしたら、告っていいですか?」
「は?……え?」
先ほどから、変化球すぎて対応できない。
醜態を晒しまくりの自分のどこを見て、彼はそんなことを抜かしているのだろうか。
唯一、思い当たることとすれば——
「あ、もしかして、眼鏡外した姿が意外とよかったとか、そんな理由?」
海人は一瞬きょとんとしてから、笑った。
「なにそれ。俺は眼鏡の……そのままの設楽さんが好きだよ」
笑顔が眩しい。
年はそこまで離れていないはずなのに、史人が失った——いや、取得できなかった何かを、彼はもっていた。
遊びだから。
誰とも付き合う気はないから。
いつもみたいに淡々と言い放つことのセリフが、海人の前ではなぜか出てこなかった。
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