公園沿いのお弁当屋さん

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——翌日、海人からの連絡はなかった。 次の日も、その次の日も、音沙汰はない。 連絡先を聞かれたあの日から、彼からのメッセージが途絶えることはなかったのに、一体どうしたのだろう。 常にそのことが頭にあったが、妙なプライドじみたものが邪魔をして、自分からメッセージを送るのも憚られた。 試されているのだろうか——一瞬、思いかけてやめた。 押して押して引いてみる、というベタな駆け引きをするタイプには見えない。 何度か店の前を通ってもみたが、カウンターに彼の姿はなかった。 そして1週間経って、ようやく悟った。 そして、いつのまにかひっそりと積もっていた落胆に、動揺したのだった。 ——それから、史人はまた無味乾燥な自身を取り戻すべく、会社と家を往復していた。 海人に抱いていた淡い感情は、所詮、窓枠に溜まった埃程度のものだ。 ひと吹きすればたちまち空気に溶け込んでしまうだろう。むしろ、今までが自分らしくなかったのだ。 自身を納得させて、日々をやり過ごしていた。 海人が現れたのは、それからさらに1週間後、史人が帰宅した時だった。 アパートの前に見慣れたバイクがとまっていて、その背後に黒い、長い影が揺らめいた。 4月を過ぎて、海人の髪は漆黒に染まっていた。 「どうしたの?」 別人のように見えたのは、髪の色のせいだけではないだろう。 朗らかさが消え、頬は削げて、彫りの深い顔立ちに陰影をつくっていた。 真顔になると彫刻のようだと、史人は思った。 「話したくて……」 「うん」 返事をしながら、史人はしばし迷った。 シェアしているアパートにお互いの遊び相手は連れ込まない、という決まり事を作っているからだ。 しかし、この沈鬱な表情を浮かべている青年を追い返すわけにはいかないし、これから繰り広げられる会話は、ファミレスで気軽に話せる類の内容でもなさそうだ。 それに、海人に関しては「遊び相手」で括るには抵抗があった。 ——優太は今日、飲み会のはずだ。 話すだけならば、彼が帰宅する前に終わるだろう。 「上がれば」 史人が部屋の扉を顎でしゃくってから先行すると、海人は大人しくついてきた。 続いてくる足音にさえ、落胆じみたものが乗っかっていた。
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