公園沿いのお弁当屋さん

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「史人、待って」 「ついてこないでください」 強い口調で言っても、泉は歩くのをやめない。それどころか小走りで距離を詰めてきた。 うっすらと笑みを浮かべながら髪を振り乱すその姿は、史人の恐怖心を煽った。 必死に逃げても、彼を取り囲む狂気は、風にのって背筋をなぞってくるようだった。 ぎえぇぇぇぇっ! 心の中で奇怪なうめき声を出しながら、ひたすらに走る。 先ほどの公園の前まで来ると、ふたたび「デリカッセン縞野」の看板が見えてきた。 ——どこに逃げよう。 公園は芝生エリアがメインのフラットな空間なので、逃げ場がない。 咄嗟に隠れられる場所がないか見て回ったが、入れそうな建物も見当たらなかった。 史人は「デリカッセン縞野」の前を突っ切って、次の角で曲がった。 しかし、泉はペースを落とさずに追いかけてくる。 「史人、待てよ」 ぎゃあぁぁぁぁ! またしても心の中で叫び声を上げながらスマートフォンを取り出し、すがるように発信した。 発信先は、水落(みずおち)優太(ゆうた)。 史人の数少ない友人であり、ルームシェアをしている仲だ。 「なんだよー、これから会議なんだけど」 3コールほど鳴った後、優太はやや不機嫌な声で電話に出た。 「やばいやばいやばい。泉さんが会社に来た!」 息切れしながら、捲し立てるように訴える。 自分で思っていたよりも、発した声は動揺していた。 「え? 泉って、お前がやり捨てした奴? なんで?」 「知らねーよ。優太、どうしよ。このままじゃヤられる!」 「犯られる? いーじゃん、お前そういうの好きだろ」 「違う、殺られる! コロされる!」 優太は受話器の向こうでからからと笑った。 こちらの危機感がまるで伝わっていないようだ。 ——ストーカー殺人事件。 おどろおどろしい書体で、不吉なワードがにわかに浮かび上がってきた。 追いつかれたらたぶん、ナイフで刺される。 ああいう穏やかなタイプがいちばん怖いのだ。 「なに、今どういう状態なの?」 「追いかけられてる」 息切れしてきた。 「フミは?」 「走って逃げてる。でも逃げるとこなくて、ふたりで同じとこぐるぐる回ってる」 会社から公園方面へと走り、「デリカッセン縞野」のブロックを曲がってまた会社方面へと走る——そんな持久走じみたことを繰り返している。 どうにかして巻きたいのだが、疲労と混乱で思考回路が鈍っているらしい。 そして残念ながら、泉のペースは一向に落ちる気配がなかった。意外に持久力があるのだな、と妙に感心してしまう。 「なにそれ、想像するとすげぇ笑える。動画撮りてぇー!」 優太は心配するどころか、電話越しに大爆笑している。 ふざけんな!と叫ぶ元気も無くなってきた。 「デリカッセン縞野」の看板を見るのも、もう4回目だった。
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