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「あーあー……、大丈夫すか?」
海人は背後に手を伸ばし、ベッド脇においてあるティッシュを何枚か引き抜いて差し出してきた。
「ベトベトになっちゃったな」
眼鏡を外して、まずレンズを拭く。
すると、強い視線がぶつかってくるのがわかった。
「あ……」
目が合い、海人はなぜか気まずそうに視線をそらした。
その態度を見て、迂闊に眼鏡を外してしまったことを後悔した。
——今まで、不特定多数の男性と寝てきた。
いいなと思った相手は、ストレートだろうが既婚者だろうが、大抵の場合、容易く手に入れることができた。
その原因がどうやらこの「目」にあると知ったのは、初体験相手の高校教師にこう言われたからだった。
その目が悪いんだよ。そんな目で見るから———
高校時代からの付き合いである優太は、痴情のもつれからくる厄介ごとにたびたび巻き込まれていたから、酒を飲むな、既婚者を誘うなと事あるごとに言ってきた。
視力が両目2.0にもかかわらず眼鏡をかけているのも、その理由のひとつである。
「どうしたの、海人君」
「あ、いや……別に」
——史人のなかを、わるい衝動が駆け抜けた。
たまには毛色の違う、年下の若者とやるのも悪くないかもしれない。
何せ、すっかりご無沙汰なのだ。
口元に飛び散った白いソースを舌で舐めると、海人はじっとこちらを見つめてきた。
「ほっぺにも、ついてますよ」
「本当? 取ってくれる?」
そっと距離を詰めて、隣に寄り添うと、海人は史人の人差し指で頬をなぞり、白いソースをすくい上げた。
やや微笑んでから、海人の指に乗っかった白い液体を舐めてやる。
「おいし」
呟くと、甘ったるかった海人の顔つきが険しくなった。
そのまま、人差し指を口に含んで上下に扱く。
わざと音を立てて煽ると、彼の息遣いが徐々にあらくなっていった。
「ちょっと待って。それ、なんかエロいです……」
わざとエロくして煽ってんだから当たり前だろーが、と心の中でぼやきつつも、史人は続けた。
「ん……っ」
合間に声を漏らしてみると、海人は困ったような唸り声を上げた。
次の瞬間には、もう床に押し倒されていた。
「設楽さん。やばいですって、それ」
金色の髪が、さらりと揺れた。
その前髪を摘んだり撫でたりしながら、史人は彼の体をなぞるようにして見つめた。
「うん、わざと」
海人が唾液を嚥下して、喉仏がごろりと動いた。
ああ、久々にセックスできる。棚からぼた餅とは、まさにこのことだな――――
「海人ー! 店混んできたから入って!」
史人の大いなる期待は、階段下からの無神経な声によってかき消された。
海人は、誘惑の微睡から覚醒したように、勢いよく体を起こした。
「あ、今いく!」
ちょっと待ってて、とだけ告げると、彼は慌ただしく部屋を出て行った。
階段を降りる音を拾って、史人もむっくりと体を起こす。
「そうだ、実家だもんな……」
呟きながら、チキン南蛮を箸で摘む。
タルタルソースのないそれは、何とも味気なかった。
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