公園沿いのお弁当屋さん

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公園沿いのお弁当屋さん

カウンターに立っている青年の顔に、見覚えがあった。 右頬と鼻の頭、顎に3つあるほくろと、プラチナブロンドに染まったふわふわの髪、幅広二重の目元が特徴的なはっきりした顔立ち。 黒と灰色と茶色ばかりで溢れかえったオフィス街であまりにも浮いたその風貌が、記憶の端に引っかかっていたのだ。 まるで、うぐいの群れの中からぬらりと現れた錦鯉のようで———— 設楽(しだら)史人(ふみと)は、眼鏡のレンズ越しにその顔を睨んでみたが、どうしても思い出せなかった。 「はい、今週の金曜日17時にオードブルのご注文ですねー。大丈夫ですよ。お届けに上がりましょうか」 「いや、そこの公園なんで……」 「ああ、お花見か。ちょうど満開だから、晴れるといいですね」 愛想のいい青年だ。 にっと笑うと、あどけなさが残って可愛らしかった。 ——会社の花見の幹事を押し付けられたのは、つい2日前のことだった。 「おい、設楽」 隣の席から(その)()(ひかる)に話しかけられたことには気づいていたが、書類に目を落としたまま顔を上げなかった。 彼が自分を呼ぶ時は、ろくなことがない。 やれあのデータをどうしただの、エクセルの設定がおかしくなったから直せだの、グラビアのなんたらが可愛いだのと、面倒を押し付けられるか、面白くもない雑談に付き合わされるか——その2択だからだ。 自分より2年ばかり早く入っただけで先輩面をする、この馬鹿で軽薄な男には、たとえ1ヨクト秒すらも割きたくはなかった。 「おい、設楽。ふしだら!」 半ば怒鳴られて、渋々顔を上げた。 意図的に無視をしていることに気づいたらしい。いくら無神経な園部相手とはいえ、さすがに露骨だっただろうか。 「なんですか」 「なんですかじゃねーよ。一度で返事しろっつーの」 「ああ、すみません。聞こえなくて」 「しっかりしろよ、お前。4月で3年目だろ? 新卒じゃねーんだから」 お前にだけは言われたくないよ———— 史人は眼鏡のブリッジを指で押し上げて向き直した。 「今週の金曜日、部の花見だから。お前、幹事やれよ」 園部は椅子を揺らしながら勢いよく足を組んだ。 「えっ?」 「えっじゃねーよ。本来なら去年もお前の仕事だったんだよ」 そうだ、たしか去年は季節外れのインフルエンザにかかって、一週間、会社を休んでいたのだった。 その間に花見が行われたという事実は、出社して知らされた。 「あー、これでやっと幹事卒業できるわー」 園部は伸びをしながらせいせいしたような顔で笑った。 飲み会の幹事ぐらいしか活躍の場がないのだから大人しくやっていればいいのに——そうひっそりと見下しながらも、史人はぎこちない笑みを返した。 ——会社の花見は例年、会社からほど近い公園で催される。 遊具などは少ないもののそこそこに敷地は広く、所々には季節の花が植えられており、地面には気持ちの良い芝生が広がっている。 こうして寒さが和らいでくると、散策をする人々で賑わい、ベンチや芝生では家族連れだけでなく、昼食を取るサラリーマンの姿も多く見かけた。 「花見のメシはさー、デリカッセン縞野って店があるから、そこで注文しろよ。頼めばプラスチック容器じゃなくて、普通のお重にいれてくれるから。ほら、会社でうるせーじゃん? ゴミ出すなとか環境うんぬんってさー。そこの店のおばちゃん、めちゃ親切だから。わがまま聞いてくれっから」 公園の入り口前にあり、弁当や惣菜を売る「デリカッセン縞野」の存在は知っていたが、実際に入るのは初めてだった。 園部に言われるままに来てみたが、やはり花見客を相手にすることが多いのか、店員も手際がいい。 しかし——店頭に立っているのはおばちゃんじゃなくて若者だったが。
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