5.ある日の病室(2)

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5.ある日の病室(2)

先生は14時に来ることになっていた。この病院では、面会時間は14時から20時までと決められていた。14時頃と言えば昼食を食べてうとうとしていることが多かったが、その日ばかりは落ち着かなかった。入院して2か月近くが経とうとしていて、先生が見舞いに訪れたのはそれが最初で最後だった。 「元気そうだね。安心したよ」 先生が病院に来たのは14時を少し過ぎた頃だった。先生はいつものように穏やかな笑みをたたえてそう言うと、ベッドの横のパイプ椅子に腰を下ろした。ゼリーやヨーグルト、それにバナナを差し入れてくれた。 「君は身体は元気なんだから、消化にいいものばかり持ってくることもなかったのかもしれないね。病院へ見舞いにというと、ついこういうものになってしまう」 苦笑しながらそう言うと、黒光りした革製の鞄から本を一冊取り出し、僕に差し出した。 「労働法の権威の教科書、新しいものが出たから持ってきた。気が向いたらパラパラ眺めてみるといい。けっこう大幅に改訂されていてね、面白いよ」 「ありがとうございます」 病院の売店に並ぶ漫画雑誌にも飽き飽きしていたし、欲しいと思っていた本だったので、素直にうれしく、ありがたかった。 「15時からね、一件、相談を受けることになっていてね、申し訳ないが、そろそろ帰る。何かあったら、いつでもいいんだ。病室にいてもメールは使えるよね? 連絡して下さい。遠慮はいらないよ」 ペットボトルのお茶を二度ほど口に含むとそう言い、先生は帰っていった。
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