6.ある日の病室(3)

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6.ある日の病室(3)

「今日、丸井先生お見えになっていましたよね?」 夕食後の巡回のとき、小林さんからふいに先生のことを尋ねられて狼狽した。それまで、小林さんに先生について話したことはなかった。 「丸井先生、ご存知ですか?」 今度は、僕のその質問に小林さんがうろたえたように見えた。一瞬、不自然な間があいて、 「先生、このあたりでは有名人じゃないですか」 そう答える小林さんの笑顔が心なしか引きつっているように見えた。血圧計を僕の腕に巻く動作が、いつもよりせわしなかった。 6人部屋の、運良く窓際を割り当てられてた僕は、ベッドを囲むカーテンを窓側だけ開け、部屋のカーテンもこっそり開けて、病室から景色を眺めるのが好きだった。その夜も、いつもそうするようにカーテンを開け、外に目を向けた。 ビルや家々の明かり、街灯、賑やかな電飾、行き交う車のライトの上空には、山形と同じ夜空が広がっていた。
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