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8 目撃
退院後事務所に顔を出し、今後について丸井所長と話をしたところ、仕事のことはまだ考えなくていいからしばらく静養しなさいとのことだった。まず1月。幸いというかあいにくというか、現状、仕事は忙しくない。退院したからと言って慌てる必要はない。1月経った頃また話そう。そんな話だった。
退院して小林さんと会うこともなくなったが、病院との縁が切れたわけではなかった。退院後、毎週月曜日に通院することになった。通院と言っても、主治医の先生と型どおりの話をして処方箋をもらい、薬局で薬をもらうという、定型業務のようなものだった。とはいえ、そのルーティーンは確かに退屈ではあったものの、同時に、ある種の安心感を僕にもたらした。何かあったら、ここに来ればいい。そう思える場所があるだけで、人はだいぶ生きやすくなるのなのかもしれない。
静養したらいいと言われても、特にすることがあるわけではない。仕事に関する勉強でもすれば良いのかもしれないが、そういう意欲も湧いてこない。スマホを眺めていても何だか気が晴れないし、部屋でぼんやりしていても息が詰まるので、書店に行って、なるべく仕事とは無関係の面白そうな本を探し、見つかれば買って、コーヒーショップで開いてみる。例えばそんなふうにして時間をつぶすようになった。
「ブレンドコーヒーMサイズお願いします」
北千住駅東口には駅のすぐそばにいくつかコーヒーショップがあるが、僕が通うのは駅から歩いて2番目の、2階建てのチェーン店である。あの日は書店には立ち寄らず、家から読みかけの本を持参してコーヒーショップに入った。たいてい座る1階の一番奥の左側の席は埋まっていた。さあ、どこに座ろう。
二人の姿を目にしたのは、そのときのことだった。
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