四章

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 姉のように、おかしいことはおかしいと言える人間になりたいと麗は思ってはいる。  だが、白い布の上に並べられたカトラリーを前にどこが学食やねん! と、麗はツッコム事ができなかった。  店内が静かだからである。 「あの……ここって、学食じゃないです、よね?」  明彦に連れられて来た元々の目的地だった時計台の中は、麗にはどう見ても学食ではなく、お高そうなレストランに見えた。 「大学構内にある食事処だから略して学食だよ」  おかしい、その理論は絶対におかしい。  近くのテーブルのご夫婦がシャンパンを飲んでいるのもおかしさに拍車をかけている。  何からツッコメばいいのかわからないまま時が流れていく。 「私の目にはフレンチレストランに見えるんですけど?」  京都大学は何故、構内にレストランを作ったのだろうか。  日本で一二を争う難関大学なのに、変な人が多いとは思っていたが、それは大学自体が変だからかもしれない。  そして、この明彦もまた、この大学に所属しているのだからまともそうに見えて変なところがあってもおかしくはない。 「当たり。サークルのごたごたのせいで予定が潰れた代わりにはならないかもしれないけれど、せめて楽しんでもらおうと思って。一番安いコースでごめんね」  麗は思った。楽しめない、と。  ナイフとフォークの使い方に自信がなければ、使う順番にも自信がない。  確かいつか見たテレビ番組で端の方から使っていくと言っていた気がするが、定かではない。  それに、明彦は奢ろうとしてくれている口ぶりだが、姉の親友であっても、麗は関係ないので、甘えるわけにもいかない。  さっき、ちらりとメニュー表を見たが、一応、姉から貰った千円とお財布の中身で食事代は支払えるが、姉にお小遣いをもらっている麗にはかなりの出費になる。  頭の中がぐるぐるしていると、ウェイターがうやうやしく前菜を持ってきて、説明をしてくれたが麗は理解できなかった。  取り敢えず明彦の真似をしようかと思って顔を上げると、明彦がウェイターに何やら小声で伝えていた。  それににこやかに頷いたウェイターがお箸を二膳持ってきてくれ、カトラリーの横に並べてくれた。 「日本人ならやっぱり箸でないと」 「すみません、ありがとうございます」  明彦はお金持ちの家の生まれだと姉から聞いたことがあるが、聞かなくてもその立ち居振舞いを見れば、麗でもわかることだ。  だから、カトラリーに戸惑う麗のためにお箸を貰ってくれたのだ。 「いただきます」 「あ、私もいただきます」  一枚の皿に、小さい、芸術品のような料理が美しく配置されている。  明彦が箸をつけたので、麗も食べてみた。 「美味しい!」  ナンチャラカンチャラのナンチャラと説明されたナンチャラは、麗がこれまでの人生で食べたことがない味がした。  そりゃあそうだ。スーパーのお総菜にフランス料理はない。 「良かった」  明彦が微笑んだ。そうだ、楽しまなければ。  折角連れてきて貰ったのだから美味しく食べないと損だし、失礼だ。  前菜は量が少ないので麗はパクパクパクっとすぐに食べきってしまった。 「姉さんと一緒で、須藤先輩も今日は午後の授業を入れて無いんですか?」  フレンチは確かこの後にスープやパンにメインが来てデザートも出るはずだ。クイズ番組でこの前見た。  しかも、一皿ずつ運ばれてくるので時間がかかってしまうと思われる。明彦はこの後に予定はないのだろうか。  迷惑をかけていないか、麗は心配になった。 「…………大学生には、面倒な授業はサボダージュしていいっていう特権があるんだよ」  すーっと、明彦が目を反らした。 「……………そうなんですか」  サボりだ、サボり魔がいる。しかも、常習性がありそうだ。 「結構、皆サボってるんだよ。授業には出てないのにサークルだけ顔だしている奴とかもいるし」  大人って汚い、と考えているのがバレたのだろう。  明彦が赤信号皆で渡れば怖くない理論でない言い訳をしてきた。 「そういえば、新しいサークルを作るって仰ってましたけど、どんなサークルにする予定なんですか?」  これ以上この話をするのは互いのためにはならないので、麗は話を変えた。 「今所属しているサークルと内容はほとんど一緒の予定だよ」 「内容が被っていてもいいんですか?」  麗は一つの種目に一つの部がある高校の部活を想定していたので、首を傾げた。 「勿論。テニスサークルなんて、把握しきれないくらいあるよ」 「そうなんですね」  大学生といえばテニスサークルでウェイウェイしているイメージがあるので、確かにこんなに大きい大学だと一つでは足りないだろう。 「それに、一風変わったサークルも沢山あるから、今更一個増えたところで問題ないよ」 「変わったサークルですか?」  この変わっている大学にはまだ変わっている所があるのか。  そろそろ落ち着くべきではないかと麗は思った。 「うん、大学構内にいる猫の健康管理のためのサークルとか、孔雀を育てるサークルとか、褌を普及するサークルとか、構内で自生しているキノコを食べるサークルとか」 「キノコ食べちゃうんですか?」  猫以外全部ツッコミたかったが、麗は一番気になることから聞いてみた。 「うん、煮たり焼いたりして食べるらしいよ」 「お腹が痛くなったりは?」 「………キノコに詳しい人に鑑定してもらっているらしいし、問題があったって話も聞かないから大丈夫じゃないかな」  明彦が自信なさげに言うので、麗はつい笑ってしまったのだった。
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