四章

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「先輩! 舞妓さんいました!! 舞妓さん!!!」  麗は舞妓を見つけ、拝観券を買って戻ってきた明彦に興奮しながら報告すると、優しく微笑まれた。 「ああ、あれは、変身舞妓さんだね」  麗は人の流れに沿って歩きながら気づいた。 (しまった、拝観料も出して貰った) 「変身舞妓?」 「舞妓体験している観光客のことだよ。本物はこの時間帯は稽古を受けていて、夕方ごろから着付けするから、観光地には基本的にいないよ」 「……なんや、本物ちゃうんですね」  麗は俄にテンションが下がった。 「本物は、もうちょっと麗ちゃんが大きくなってからかな。麗音に、いずれ接待で使うときのために我が家の馴染みのお茶屋を紹介して欲しい。と、まだ俺が引き継いでもいないのに頼まれているから、そのときに着いておいで」  麗には明彦が何を言っているか全くわからなかったが、須藤家が代々お金持ちだと言うことはわかった。 「楽しみです」  リップサービスだろうと、麗は本気にはしなかったが、嬉しかった。  キョロキョロと辺りを見渡しながら階段を登ると、オレンジ色のお堂ばかりある中に、よくある古い家と同じ瓦と白い壁の大きなお堂が出てくる。 「あれは何ですかね?」  人が途切れずに集まっており、麗は気になって首を動かす。 「胎内めぐりだって。暗闇の中を歩くらしい。麗ちゃん、暗いところは大丈夫?」  明彦が看板を見ながら答えてくれた。 「はい。結構好きです」  中学まで実母と二人で住んでいたアパートは狭く、暗かった。  だから、本当は、今住まわせて貰っている佐橋の家は広くてあまり落ち着かない。 「じゃあ行ってみようか」  またしても明彦がお金を払ってくれ、お寺の方から説明を受けた。  曰く、縄を伝って歩かなければならず、中では話すことも、声をあげることも禁止らしい。  そして、中には大きな石があるのでそれに願い事をするそうだ。 「本当に暗そうですね」  入り口からも暗闇が漏れていて、麗は驚いた。  いくら暗くても、足元に明かりくらいあるだろうと思い込んでいたためだ。 「俺が先に行くから怖くなったら掴んでいいよ」 「多分、大丈夫です。頑張ります!」  明彦に続き、麗は中に入った。  急な坂になっていて転けそうで怖い。  下に着くと、視界が真っ暗になった。  夜に家の明かりを全て消してもこうはならない。星の光があるからだ。  カーテンを閉め切り、明かりを消して、更に瞼を両手で強く抑えなければ、こんな闇には出会えないだろう。  大きな数珠を伝って歩いているが、自分が今、何処にいるのか。明彦が本当に前にいるのかもわからず、麗は片手をさ迷わせながら探した。  何も見えず、時がゆっくり進んでいるようでいて、早い気もする。  はっきりした恐怖ではないが、じわじわと恐ろしくなっていく。  手が、人らしきものに当たった。  撫でると柔らかいので、やはり明彦である。  麗は明彦の服を引っ張るのは気が引けたが、折角見つけた先輩から離れる勇気もなく、そのまま手を当て続ける。  すると明彦に手を優しく捕まれ、筋肉のついた先輩の腕らしきところに導かれ、そこを掴ませてもらう。   麗は、これで一安心、と息を吐いた。 (いや、ちょっと待て、さっきまで触ってたのって須藤先輩のお尻じゃないだろうか?)  麗は己がとんでもない行為をしでかした事に気付き、血の気が引いた。 (どうしよう、撫でちゃった! 痴女だ、犯罪だ、逮捕だ!)  穴があったら入りたかったが、もう入っていた。  混乱しながら歩いていると、一筋の光が見えた。  大きな石が照らし出されていて、それはそれは幻想的だ。  麗は、ふと、心が洗われる気がした。  明彦は優しいから指摘してこない筈だ。そうだ、このまま気づかなかった事にしよう。  私が触ったのは背中、私が触ったのは背中、私が触ったのは背中。  心の中で唱え終わった後、明彦に続いて麗も石を撫でた。  そして、姉の幸福を願って拝み、何事も無かったかのように出口まで明彦の腕を掴ませてもらった。    胎内めぐりから帰還いや、出生し、外に出ると、日の光が目に刺さった。  麗が目がー、目がー!と、断末魔の叫びを心の中で上げていると、ぼやけた目に映る明彦も同じだったようで、目を隠すように手を上にかざし、日の光を浴びながら固まっていた。  多分、ドラキュラが太陽に当たって死ぬときと同じポーズである。 「眩しいね。麗ちゃんは大丈夫?」 「何とか目が慣れてきました。先輩はいかがですか?」  麗はそっと明彦の腕から自分の手を離した。 「まだちょっとチカチカするけど、だいぶ回復してきたかな」  明彦はやはりお尻を触ったことを咎めるつもりはないようだ。  良かった、女子高生が知人男性のお尻を触って逮捕というニュースにはならなさそうだ。  それにしても、明彦は足が長いのだ。しかも背も高いから、麗が腰だと思っていた位置にお尻があったのだ。  だから、麗としてはうら若き女子高生が男子大学生のお尻を触ってしまった責任の半分は明彦にあると思いたいところである。 「何をお願いしたの?」 「姉が変な人に絡まれずに、幸福に生きていけますようにと願いました。先輩はどんな願い事にしはったんですか?」  麗は明彦とともにゆっくりと歩き出した。 「健康と長寿かな、ありきたりだけど」 「それが一番ですよ。老齢で死ぬギリギリまでは健康で、ある日ポックリ逝くのが幸せやと思います。姉さんにはそんな人生を歩んでほしいです」  若くして苦しんだ母の闘病に付き合っていた麗は心からそう思っていた。   「達観してるね。……麗ちゃん自身は?」  明彦の言葉に麗は、はたと、余計なことを言っていたことに気づいた。  しかも、敬語で話すよう気を付けていたつもりなのに、口調がだいぶ砕けてしまっている。 「勿論、私もです。あ! 須藤先輩、あれが飛び降りるところですよね!?」  人の流れに沿って長い回廊を歩いていると、テレビでよく見る舞台が見えてきて、麗は指を指した。 「意外と生存率は高いらしいけど、紐なしバンジージャンプになるから、飛び降りたら駄目だからね」  本堂に入ると益々人が増え、やっと舞台に立つことができた。 「麗ちゃん、写真撮るからこっち向いて」 「えっ?」 明彦が少し離れた所からスマートフォンを構えているので、麗は急いで舞台の端のギリギリまで行った。 (なんだ、思っていたより舞台の端から飛び降りるところまで、結構距離がある。それに思っていたより高くはない。そりゃそうか、安全第一だ)  隣の修学旅行生が、「怖いから離さないで」「いや、小顔に見せるために顔の横でダブルピースするから離して」と、キャっキャ言いながら写真を撮っている。  振り向いて麗も顔の真横でピースすると、明彦が写真を撮ってくれた。 「すみません、ありがとうございます」  麗が明彦の元へ行くと写真を見せてくれた。 「麗音に送るね」 「はい。須藤先輩もよかったら撮りましょうか?」 「送る相手がいないからいいよ。それより、中でお参りしようか」  家族には、明彦の性別や年齢から考えるとわざわざ送らないだろうが、恋人はいいのだろうか。  いや、それこそ、誰が撮ったの!? 誰と行ったの! となってしまい、余計な心配をかけてしまうかもしれない。  麗は己の考えに納得し、本堂でもやっぱり、姉の幸福をお願いしたのだった。    
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