四章

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「須藤先輩、ここ、神社ですよね?」  寺の境内に表れた小さな神社に麗は驚いた。 「そうみたいだね。縁結びの神様を祀っているんだって。ここにある恋占いの石から向こうにある石まで目を瞑って好きな人を思い浮かべながら辿り着けたら恋が叶うって書いてあるよ」  明彦が由緒が書かれた掲示板を見て答えてくれた。  石畳の中に埋め込まれるようにして鎮座している石はしめ縄がされ、恋占いの石と書かれた看板が添えてある。 「麗ちゃん、やってみる?」  麗はもう一つの石を見てこの距離なら目を瞑っていてもゴールできると思った。 「楽しそうなのでやってみたい気持ちはあるんですが、恋をしたことがないので、意味がないかな、と」  好きな人もいないのに辿り着かれても、石も縁を結ぶ先がなくて困るだろう。 「やりたいなら、縁の先取りだと思ってやってみたら?」 「縁の先取り?」  麗は首を傾げた。 「将来、好きな人が出来た時に上手くいきますようにって願いながらやるような感じかな。俺が勝手に言ったことだから、神様も困るかもしれないけれど、怒りはしないんじゃないかな」  明彦の提案に麗は飛び付いた。 「それいいですね!」  麗は姉以上に好きになる人などできる気がしないが、折角ここまで来たのだから、やってみたかった。 「じゃあ、横に付いているから頑張って」 「はい!」  麗はギュっと目を瞑り、好きな人が出来たらよろしくお願いしますと、願いながら歩き出した。  両手を軽く上げて、ゆっくりと、慎重に、麗は歩いた。 「半歩右に行って」  明彦の言葉に麗は驚いた。まだ五歩くらいしか歩いていないのにもうずれてしまったらしい。  麗は言われた通り半歩右に進み、少しだけ右に進むよう意識して歩いてみた。 「今度は一歩左」  意識しすぎてしまったらしい。麗は左に進み、再び歩きだした。 「そのまま真っ直ぐだよ、もう少し……危ないっ!」  急に腕を引かれ、麗は思わず目を開けた。  明彦の胸にしなだれかかってしまっている。  何事かと明彦の顔を見ると、険しい表情で遠くを見ていた。  明彦が睨んでいる方向を見ると、迷惑そうに避ける参拝客の中心で、走っている人の背中が見えた。   それで、バスか電車か新幹線かはわからないが何かに遅れそうになり、焦って走っている人とぶつかりそうになったところを助けてもらったのだと理解した。 「あっ、ごめんね、麗ちゃん」  パッと明彦の手が離れ、麗も自力で立った。 「いえ、助けていただいたようで、ありがとうございます」 「もう一回やり直す?」  明彦はそう言ってくれたが、恋占いの石には次の恋する乙女が挑戦し始めていたので、麗は首を振った。 「ありがとうございます、でも、好きな人ができてからまたチャレンジします。おみくじもあるんで、そっちをやってみますね」    男の人に抱きしめられたことなど初めてで、なんだか気恥ずかしく、早口になっている自覚があった。  麗は今度こそ財布を出し、自分のお金でおみくじを引いた。 「いいね、俺もやろう」  明彦もおみくじを引いたので、恋人がいるなら無意味ではないかと思ったが、優しいから麗に付き合ってくれたのだと思い直した。  麗は少しだけ緊張しながら、ピリッと糊を外し、おみくじを開いた。 「あ!吉です! 『恋愛、近親者から素晴らしい人を紹介されたり職場で思わぬ恋人を見つけ出したり、とにかく恋の花開く嬉しい時期である。』って、ほんまかいなー。姉さんがそんなんしてくれるわけないわ。それに、学校でもほとんど男子とは話したことないのに」  麗は思わず、おみくじにツッコミを入れた。  麗が唯一近親者だと思っている姉は麗が恋人を作るなど、まだまだ早いと言っているので、紹介はしてくれないだろう。 「じゃあ、まずはクラスメイトの男の子と話してみないとね。麗ちゃんは麗音の幸せばかり考えているけど、自分の幸せも探さないと」  明彦の言葉に麗は困惑した。 「幸せですよ? 私。姉さんの幸せが私の幸せです」  それは麗にとって当然の事だった。姉が幸せだと、麗の心も幸福になるし、姉が傷つけられると、麗の心も傷つく。 「麗音にとっても、麗ちゃんの幸せが麗音の幸せなんじゃないかな。麗ちゃんは少しだけでもいいから自分の幸せを考えて、周りを見てみるといいと思うよ」  明彦の言葉は優しいはずなのに、麗はどこか厳しく感じてしまった。 「……はい」 「ごめん、踏み込んだ事言っちゃったね」  麗は困った顔をしている明彦を見て、頭を下げた。 「アドバイスありがとうございます。私が姉一辺倒なのは事実ですから。でも、そうですよね、姉にとっても愛が重いでしょうし。ちょっと頑張ってみます」 「いい子だね。じゃあ、今度は俺の番」  明彦がおみくじを開いた。 「凶だね」 「……凶、ですね」  麗はまじまじとおみくじを見てしまった。凶って本当にあったんだ。この目で見たのは初めてである。 「愛情におぼれすぎる傾向がある。このままではダメ。理性を生かして進むこと、だって。うーん、そんなことないと思うんだけどね」 「む、結んで帰りましょう!」  麗は苦笑する明彦より危機感を持って、会ったことのない恋人との未来のために、そこまでする?と言う明彦におみくじ結ぶべきだと強固に主張した。  
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