五章

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 麗は料理をテーブルに出しながら後悔した。  何故肉じゃがにしたのか。  ジャガイモと玉ねぎが安かったからであるが、ビーフシチューにすればよかった。  偏見とはわかってはいるが、初めて男の人に食べてもらう手料理に肉じゃがは何だかあざとい気がする。  麗でーす。社長やってる26歳で、得意料理は肉じゃがでぇす! 今日は、白馬の王子さまに会いたいなーと思って来ちゃいましたぁ。  麗は行ったこともない合コンでキャピキャピしながら自己紹介をしている自分の姿を想像した。 (寒い、寒すぎる)  今からでもビーフシチューに変身させる魔法のレシピないかと、無理なことを考えつつ、付け合わせのほうれん草のお浸しや、味噌汁、ご飯を並べる。 「ありがとう」  部屋着に着替えてきた明彦に流れるように頭上にキスを落とされた。  まるで、キスをするのが当たり前の事であるかのようで、麗は欧米かとツッコミたくなった。 「お口に合うといいけど」 「いただきます」  麗が明彦の向かい側に座ると、明彦が手を合わせてくれたので、麗も一緒に合わせる。 「いただきます」  早速、明彦は肉じゃがに箸をつけた。  流石はお金持ちの家のお坊っちゃまだけはあり、綺麗な箸使いである。  麗は明彦が肉じゃがを口に含み、咀嚼する様子をじっと見た。 「麗、そんなに見られたら食べづらい」 「ごめん、つい」  麗も肉じゃがを食べたが、やっぱりジャガイモが若干シャリっとしている。 「ごめんね、ジャガイモ失敗したわ」 「俺はこれくらい固い方が好き」  嘘だ、絶対に嘘だ。 と、麗はジャガイモを奥歯で噛みながら思った。 「ところで、麗。後でネットで買い物しようか」  明彦が味噌汁を飲んだので、麗はやはりその様子をしっかり見て、トムヤムクムのように、に合わなくて無表情になっていないかをまた、確認してしまった。 「何買うの?」 「お前の部屋着」 「えー、いらんよ」  現在、麗は部屋着をローテーションできている。Tシャツも短パンも二着ずつあり、更に体操服まであるので、数は足りている。  そういえば、高校の体育祭や文化祭で作ることになっていたクラスTシャツは駄目になるのが早かった。 (あれは、本当に無駄金を使わされた)  皆が皆、お小遣いが潤沢にあるわけではない。  特に麗は短大入学が決まってアルバイトを始めるまでは、姉から時々お小遣いを貰っていたので、そのお金を使うのが本当に申し訳なかった。  しかし、クラスTシャツを作る段階で購入希望者のみにして欲しいと言わなかった自分も悪いので、仕方なく購入し、伸びに伸びて姉に捨てなさいと言われるまで使い倒したのだ。 「体操服はもう充分減価償却できているはずだろ」  確かに、体操服の身になって考えてみたら、あのクラスTシャツと同じく、もう充分以上働いて、そろそろ引退したいかもしれない。 「そっか。じゃあ、捨てるわー」 「捨てずに箪笥に仕舞っておくといい」  素早い返事に麗は眉をひそめた。  「なんで?」 「仕舞っておくといい」  なおも念押しされ、麗は曖昧に頷いた。 「うん、わかった」  「それと、昨夜、着ていたTシャツ、メッセージ性が強すぎないか? あれ、どこで売ってるんだ?」  確か昨夜は、お酒は二十歳、ジュースは三歳になってから。と、書かれているTシャツを着たのだ。 「ああ、あれは、お母様が趣味で参加してはる南京玉すだれサークルのクリスマス会のビンゴで貰ってきはったやつやねん。だから、販売元は知らんわ。タグ見たらわかるかな」  いらないので棄てるという継母に勿体ないのでパジャマがわりにするからともらったTシャツは、何故か生地がしっかりしていて、着心地がよくお気に入りだった。 「本当に店を知りたい訳じゃない。兎に角、お前の部屋着を買うのは決定事項だ」 「えー」  明日は、継母からもう一枚貰った、ゆで時間別、ゆで卵の出来上がりの違いTシャツを着る予定だったが、それもお役ごめんにしなければならないのだろうか。  まだ使えるのにと、麗は唇を尖らせた。 「お風呂先いただきました」 「んー」  麗が風呂から上がって、ついでに歯も磨いてから、リビングに戻ると、明彦がソファの上でパソコンを弄っていた。  さっき言っていた部屋着の購入かなと思い、麗も横に座りパソコンを覗くと、明彦が大手通販サイトで、『部屋着、レディス、かわいい』で検索していた。 「かわいい必要はないと思うねんけど……?」  普通の部屋着を希望する麗が口を出すと、明彦がかわいいという文字をデリートし、セクシーと打ち込んだ。  その途端、麗の脳内で、台湾で出会ったセクシーの妖精であるお姉さんが踊りだした。 「ごめんなさい、ノーセクシー、かわいいでお願いします」  麗は己の敗北を悟り、かわいいを受け入れた。そう、かわいいは作られるのだ。 「気になるものはあるか?」  かわいい部屋着が表示されている画面を明彦が麗にも見やすいようにゆっくりとスクロールしていってくれる。 「そのパジャマは?」  画面の下に表示された苺柄のパジャマを麗は指差した。 「却下。求めているかわいさじゃない」 (求めているかわいさって何だ、いったい何を部屋着に求めているんだ)  かわいいのパイオニアである明彦がクリックをして、一つを拡大した。  それは、タンクトップとガウンとショートパンツの三点セットでショートパンツにはフリルが付いていて確かにかわいい。  だが、生地がシルクでトロンとしていて、何となく駄目な気がする。 「これは違うと思う」 「これだろ」 「いやー」  麗が己の不利を悟りつつも抵抗していると、ふと明彦が顔を上げて麗を見た。 「髪の毛を乾かさないと風邪引くぞ」  麗は今、髪をバスタオルで巻いて頭の上に乗せていた。  勿論、乾かすのが面倒だからだ。   「そのうちする。食器洗った後とか」  麗はドライヤーがあまり好きではない。  髪の毛が太くて固いので乾かすのに時間がかかるためだ。  だから、いつもタオルで巻いて暫く放置し、粗方乾いた後にドライヤーをする。痛むらしいが面倒だから仕方ない。  そもそも、本当は今日、美容院に行ったので洗うつもりすらなかったのだが、カリスマに旦那さんに可愛い姿を見惚れてもらおうね! イェーイ、と、仕上げにワックスを使われてしまったので洗わざるを得なかったのだ。 「食器なら食洗機に入れておいた」 「ありがとー」 「ちょっと待ってろ」  麗がソファの上でポツンと待っていると、明彦が洗面所からドライヤーを持って帰ってきた。  そして、麗の頭上のバスタオルを勝手に取り、乾かし始めたのだ。  ビュオオオーとドライヤーが唸り声を上げる。  優しい手つきにされるがままになりそうになったが、そうもいかないので麗は振り向いた。 「自分でやるから貸してー」 「ん?」  しかし、ドライヤーの前では麗の声など無力だったようだ。  明彦は聞こえないという顔をしている。 「自分で、やるから、貸してー!」  麗は少し大きい声を出すが、明彦は首を傾げた。 「自分で! やる!」  麗は声を跳ねさせた。しかし、なにもおこらない。  多分、明彦は麗が言っていることをわかっている気がする。  だが、一度やると決めたことは、やり遂げるつもりなのだろう。  だから、麗は諦めた。  逆に麗は、一度やると決めたことを、忘れたり、諦めたりすることが得意だからである。  そして、麗は明彦が頭を優しくマッサージしながら乾かしてくれるのを享受し、ドライヤーの爆音の中、つい、そのまま寝た。  結果、後日届いた部屋着は勿論苺のパジャマではなかった。    
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