結婚式のその夜に

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結婚式のその夜に

「えっ?私達セックスするん?」 「はあ?」 それは、初夜のベッドへ迎うためにお姫様抱っこをされている状態で言うには、あまりにも非常識な台詞だった。 何言ってんだこいつ。という顔をされたが、こちらこそ何やってんだお前。と言いたい。 何時もなら眼鏡で隠している鋭い切れ長の目に、後ろに纏められた黒髪。高い鼻筋に、薄い唇。 軽々と抱き上げてくる筋肉に見合った長い脚。 結婚式の夜にこんな素敵な男性に、こんなことをされたら、誰だってときめいてしまうだろう。 だが、相手は本来ならば美人で賢くてカッコ良くて優しい姉と結婚する予定の男だったので、ときめいている場合ではなかった。 そう、これは政略結婚だ。 更に言うと、姉ではなく妹が花嫁に成り代わったせいで、略奪婚だと陰口を叩く人も多い。 関西有数の高級ホテルで挙式をした後、そのホテルの最上階のスイートルームで極上と言える男、須藤明彦(すどうあきひこ)に部屋に入った途端、急に抱き上げられベットへと向かわれ、佐橋麗(さはしれい)、いやもう須藤麗だ。は、思わずツッコミを入れた。 「だって、ほら、私達愛し合ってないし。 元々お姉ちゃんともしないつもりだったんでしょ?セックス」 明彦が苦虫を噛み潰した顔をしている。 「…お前もレズなのか?」 よくある話だ。元々は正妻の娘だった姉が嫁ぐはずだったのに、やっぱり男と結婚は嫌と姉が土壇場で逃げた結果、姉とは数段見劣りがする愛人の娘の麗にお鉢が回ってきた。 「ううん、多分ストレート。 恋愛もセックスもしたことがないから確かめたことはないんやけどね。 でさ、姉さんとはセックスなしで体外受精する予定だったんでしょ? 私もそれでええよ。」 ボーイッシュとうより男前な美貌と性格の姉は隠れレズビアンだ。レズビアンと知っているのは身内と明彦くらいだ。 だから愛だの恋だので女に悩まされたくない、遊びは割りきった女で、結婚は利害関係の一致した冷静な女がいいと考えていた、この男と姉は婚約をした。 愛のない結婚をする気なん?と渋る妹に姉は、子供は欲しいが、男は愛せないし、倒産の危機にある家業への援助もできる。それに、明彦は親友だから、上手く共同生活できる。 私にとっても凄く良い取引だと笑っていた。 …筈だった。 「処女の分際でセックス、セックス何回も言うな!アホ!!」 「しゃーないやん、その処女とオサラバさせようとしてんのアキ兄ちゃんやで。 そや!何ならアキ兄ちゃんが愛人に産ませた子供を認知してもええねんで。 私のことは家の端に置いておく人間ってタイトルの現代アートか、パーティの時に連れ歩くマネキンやとでも思っといてーや。」 愛する人がいます。アメリカに行くので探さないで下さい。そのうち帰ってきます。 後のことは、ヨロシクね、麗。 とだけ書かれた置き手紙だけを残して、姉は消えた。 あまりのことに神経の細い継母は倒れ、病気療養中の父は上げてはいけない血圧を上げて、怒り狂った。 元々は何もかもこの父のせいなので、麗は継母の介抱のみをして、父のことは放置しておいた。 父が、そうだ!麗を嫁がせよう。と、ほざいてもそのまま放置しておいた。 須藤家側から阿保かボケがふざけんなよと、どうせ断られるだろうと思っていたのからだ。 その結果、提案が何故か受け入れられて、こんなところで水際で抵抗するハメに陥いっているのだ。 「何が不満だ。」 頭上から大きな溜め息が聞こえた。 「いや、不満なんてあらへんよ。 結婚してもらえへんかったら困るのは我が家と我が社の方やしね。」 佐橋家は戦後に、子供達に高品質で着ているだけでワクワクできる服を!というスローガンで作られた子供服の会社を経営している家だ。 先代の創業者が弟妹や近所の子供達のために作った服が始まりで、その品質の良さに噂が噂を呼び、関西の小さい商店の一角から躍進し、ついには全国のデパートに入るようになったという経緯を持つ。 創業から今でもその服の品質は素晴らしいままだ。 祖父母世代には未だに根強い人気である。 問題は創業者が遅くに産んだ一人息子、つまり現社長で姉と麗の父親である。 この先代の息子はまさしく二代目のバカ息子という称号が相応しい。 このご時世に家柄のいい正妻を放置して、あちこちに愛人を囲い、庶子を作り、ついには新しい年齢が娘と近いくらいの愛人とドライブ中に飲酒運転で捕まった。 そして俺を誰だと思っている!と警察官に詰め寄っているところをSNSに流された結果、マスコミに喜び勇んで報道され、若い世代の客がさっぱりいなくなった。 最早、馬鹿としか言いようがない。 「お前はあのどうしょうもない父親のために犠牲になるつもりで嫁いできたのか。」 「ちゃうよ、あいつのために何かするくらいなら、富士の樹海にでも逃げるわ。 嫁いだんは、お母様や会社のためでもあるけど、何より姉さんのため。 姉さんへ恩を返すのは今しかないやろ。」 因みに、阿呆の父親は不摂生が祟って、只今病気療養中である。 病気を理由にとっとと社長を引退して姉なり、ながらく番頭をしてくれている副社長なりに譲ればよかったものを地位に執着し、大株主の権力で社長の座にしがみついているが、相次ぐ新規事業の失敗と屋台骨の事業の急落で最早会社は風前の灯である。 そこで、姉は大地主で何だかよくわからないが事業を幾つももっている大金持ちの須藤家へ資金提供の見返りに嫁ぎ、父を追い落として己が社長の座につくつもりだったのだ。 それなのに、姉は逃げ出した。 親友でもあった明彦を残して。 結婚をやめるにしても姉にはもっとやりようがあった筈なのに、愛する人(多分女性)と逃避行をした。 だから愛のない結婚は駄目だって言ったでしょ、と責めたい気持ちもあるが、後始末を頼まれた以上、麗まで逃げるわけにはいかなかった。 「本当にそれだけなのか…」 「どういうこと?」 それ以外に何があるというのだ。不思議に思って見上げると目を反らされた。 「実は俺に惚れてるとか…」 ゴニョゴニョと語尾に行くにつれ小声になっていき、明彦が罰の悪そうな顔をしているので、麗は笑い飛ばしてあげた。 「そんな心配せーへんでも大丈夫。 アキ兄ちゃんのことは親戚の兄ちゃんくらいにしか思てへんよ。 せやから、嫉妬に狂って束縛したりせんから安心してや。 私の一番は何時だって姉さんやで、知ってるやろ?」 うんうんと、頷きながら胸を軽く叩き、下ろしてもらおうとする。 わかってくれたのか、明彦がベッドに優しく下ろしてくれたのだが、ベッドに下ろされるという動作が、何だか気恥ずかしくてニヤニヤしてしまい頬をかく。 「へへへ、じゃあそういうことで、私はソファで寝るわー。」 立ち上がろうとした時だった。 「お前は何時(いつ)だって、麗音(れいね)のことしか考えていないな。」 何を今さら? 麗は姉の麗音至上主義者だが、ましになった方だ。明彦にあの日、忠告されて以降ちゃんと… 明彦と目があった。凄く近くで。 あ、、キスしてる。私。 アキ兄ちゃんと、キスしてる。 なぜキスをされているのかわからず、麗の頭が混乱して動けない間に、ゆっくりと明彦の体が離れ見つめ合う。 「アキにい…ちゃん? 何、すんのよ。」 しどろもどろになりながら明彦を詰る。 だって、これは違う。 式場の中で、キリスト教徒でもないのに、白人の多分偉いおっさんの前で形式的にした口づけとはまるで違う。 なのに、明彦は麗が間違っているとばかりに睥睨してくる。 「何って、キスをした。 自分の妻に口づけて何が悪い。」 「え?えっと、せやけど… アキ兄ちゃんとの結婚は、その。」 「そのアキ兄ちゃんってのやめろ。 俺はお前の兄じゃない。」 明彦は心底嫌そうな顔をしている。呆れと怒りが表情から読み取れてしまい、麗は明彦に突き放されたような気がした。 「だって…」 兄みたいに思っている。 姉の夫になる人。可愛がってくれていた。 何時も姉に会いに来たついでに麗にもお菓子を持ってきてくれ、勉強を見てくれたり、からかわれたり、頭を撫でてくれたり、気にかけてくれていた。 妹みたいに思ってくれていると、思い上がっていた。 明彦にとって、体だけの関係の女性やまとわりつく取り巻きの女性とは自分は違うのだと思い込んでいた。 心もとなくて、寂しくて、姉がいなくなったのに続いて、明彦もいなくなってしまう気がして、何だか泣きたくなって、目が熱くなる。 「あーーー!」 突然、明彦が頭を抱えた後、麗の髪をワシャワシャと撫でてきた。 「ちょっと、アキ兄…、明彦さん?」 明彦さんという呼び方で良かったのか、明彦の手が止まり、人差し指で眉間をグリグリされる。 「いいか、俺はお前とちゃんと夫婦になるつもりだ。 今日はやめておいてやるが、絶対抱くし、子供も産ませる。 俺とお前は家族になるんだ。わかったな!? 返事は聞かん、以上だ。 お前はここで寝ろ。 俺は向こうで寝る。」 明彦の指が眉間から離れ、反駁する暇も与えてもらえず、明彦は続き部屋のソファへと行ってしまった。 「うそやろ…?」 一人では広すぎるキングサイズのベッドの上で、麗はポツンと一人、これからどうなるんだろうかと考えることしかできなかった。
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