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「おい、中里ぉ! 話がある、会議室に来い!」
「はいっ、今行きまーす!」
直属の上司に呼ばれ、書きかけの書類はそのままに急いで席を立つ。
入社したての頃はこの口の悪い上司が恐ろしくて仕方なかったけれど、七年も経てば嫌でも慣れる。それに、この上司は口調こそきついが実は思慮深く、いざという時は誰よりも頼りになることを知っているから、今ではこの人の部下でよかったとすら思うようになっていた。
まあ、新入社員には必ずと言っていいほど怖がられてしまうので、毎年そのフォローをさせられることだけはいささか不満だけれど。
「失礼します、中里です!」
「おう、とりあえず座れ。もう一人来てから説明する」
「え……もう一人って?」
「今年の新入社員だよ。研修期間が終わって、三課に配属になったんだ。喜べ、お前がずっと欲しがってた専属アシスタントだぞ」
「えっ! 本当ですか!」
普段よりワントーン高い声で喜ぶ明希に、上司の岩村はふっと小さく笑みを漏らす。思わずはしゃいでしまったことに気付いた明希は、慌てて居住まいを正して岩村の次の言葉を待った。
「部長は渋ってたんだが、俺がごり押ししたんだ。中里を営業に集中させてやれば、必ずもっと良い成績を残すぞ、ってな。感謝しろよ」
「い、岩村さぁん……! ありがとうございますっ!」
「まあ、アシスタントって言ってもまだ何も知らない新入社員だけどな。自分の仕事だけじゃなくて、新人の面倒もちゃんと見てやるんだぞ。それで後々楽になるのはお前なんだからな」
「はいっ! もちろんです!」
明希の所属する営業三課には、明希を含めて五人の営業職が在籍している。しかし、その補佐をする営業事務は正社員が二人と、短時間勤務のパート職員が一人の計三人しかいない。
営業事務の負担を減らすため、五人の営業職のうち一番若手である明希は、事務作業もできるだけ自分自身で行うようにしていたのだが、選定会や工場視察などの予定が入るとどうしても事務作業は後回しになってしまっていた。
その作業を片付けるために夜遅くまで残業をしたり家に仕事を持ち帰ったりと、明希なりに頑張ってはいたのだが、それでもやはり限界はある。そのため、事務作業を一手に引き受けてくれるアシスタントを付けてほしいと前々から岩村に訴え続けていたのだ。
「それで、どんな子ですか!?」
「焦るな焦るな。もう来ると思うが……」
岩村がドアの方に目をやるのとほぼ同時に、コンコンと控えめなノックの音がした。「入っていいぞ」と岩村が返事をすると、静かに扉が開いて一人の若い男の子がおずおずと部屋に入ってくる。
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