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「とりあえず、すぐに必要になりそうなものはこれくらいかな。何か気になるところあった?」
「いえっ、大丈夫です! ありがとうございます!」
プリンターやシュレッダーの使い方から電話の取り方、それから他部署の位置に至るまで細かく説明し終えた頃には、時計の針は十二時を回ろうとしていた。小一時間ほどで終える予定だったのだが、立岡がすれ違う社員全員に挨拶をして回ったこともあって予想以上に時間がかかってしまったのだ。
「もうお昼になっちゃうね……立岡くん、お弁当?」
「いえっ、何も持ってきてなくて、コンビニでも行こうかと思ってたんですが」
「それなら、折角だし一緒に食べようよ。近くの美味しい定食屋さん教えてあげる」
「えっ、本当ですか! ぜひお願いします!」
嬉しそうに言うと、立岡は急いで自分の鞄から財布とスマートフォンを取り出して再び明希の隣に戻ってくる。ぱあっと明るくなった表情からも分かるが、社交辞令などではなく心の底から喜んでいるのがこれでもかというほど伝わってきた。
「柴犬……いや、ビーグル? コリーでもいいかも」
「え? 中里先輩、犬飼ってるんですか?」
「あ、ごめん。飼ってないよ。ただのひとり言」
立岡は「はあ」と不思議そうに首を傾げているが、後輩とはいえ会って間もない人に「犬っぽいよね」と面と向かって言うのはさすがに憚られた。ごまかすように明希も財布を手に取って、エレベーターに向かって歩き出した。
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