帰任

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帰任

人は星に夢を見る。 暗い夜空の遥か先、まだ見ぬ人類第二の故郷(ふるさと)を。 我々は何処から来たのか。 我々は何者なのか。 そして、何処へ行こうとしてるのだろうか。 《……ご案内申し上げます。火星地表行き305便、まもなく出発ゲートが開きます。ご搭乗予定の皆様はデッキ2、No6ゲートへご集合くださいませ。繰り返します、火星地表行き……》  DOGI(ドギイ)の合成音声が、観光客向けのアナウンスを繰り返している。 「……今日は随分ごった返してるなぁ。そうか、ムーンステーションからの定期便が来たからか」  テルミは左手のハンディブースターを巧みに操作しながら、ドーム球場ほどの内容積を誇る中央ホールを見渡した。 上下左右、見渡す限り何処を向いてもスーツケースを携えた観光客が所狭しと空間を漂っている。 「やぁ、テルミちゃん! こっちに戻ってきたの?」  ホール中心部にあるカフェテリアを横切ろうした時、抱擁感のある声が飛んできた。黒いエプロンを身に纏った短髪の若いイケメンだ。 「あ!セイジさん! 久しぶりです! 今日は『客引き』ですか?」  テルミはカフェの入り口で手を振っているセイジとは上下逆の姿勢のままで、手を振り返した。赤い髪がフワリと広がる。 「ははは! ひどいなぁ、その言い方。まぁ、やってる事はその通りだけど」  セイジが屈託の無い笑顔を向ける。  ……ここの『重力』はゼロに近い。  何しろここは火星の衛星『デイモス』。平均半径わずか6キロメートルという小惑星の上に作られた、火星にアクセスするための一大拠点なのだ。 「折角来たんだ、こっちでフラッペでも飲んで行かない? それくらいの時間はあるんだろ?」  セイジが手招きをしているが。 「あはは……そうしたいけど、今日は作業服だから止めとくわ。ダサいカッコで座っても落ち着かないし」  少し残念そうに、テルミはブースターのグリップを握り直した。 「ほら、アタシじゃなくてお客さんが来てるわよ! 早く『捕まえて』あげないと」  到着ゲートの方から一組の親子が向かって来ているのが見える。 「おっと! じゃぁボクも仕事に戻るよ! またね」  セイジがカフェの入り口から身を乗り出し、やって来た親子を抱きとめた。  何しろフワフワ漂う無重力空間だから、行きたい所に自分の身体を持っていくだけでも一苦労と言えよう。  一応、ここに来る人達にはテルミが使っているようなハンディの『ブースター』を渡してはあるが、これも慣れないと上手くコントロール出来ない。なので、近くまで来たら『係員』がキャッチしてあげる必要がある。これが『客引き』だ。  身体の接触を伴うから、どうしても容姿その他の問題があって適性を問われる。セイジのような『爽やかオーラ全開のイケメン』が、最も好まれるのも仕方あるまい。 「さて……とりあえず係官居住区に戻って荷物を置いてくるかな……」  独り言を言いながらテルミが前を向いた時。 「おや……?」  前方に見知った顔の男が一人、スーツケースを携えて漂ってる。年季を刻んだ深い額の皺に、ボサボサの白い頭。行き先は自分と同じ係官居住区だろう。   「ジンさーん! 今、帰任ですかぁ!」  ブースターを軽く吹かし、少しスピードを上げてその老人に近寄る。俗に『宇宙焼け』と呼ばれるやや灰色がかった肌が袖口から覗く。 「……なんだ、誰かと思ったらテルミか。ああそうだ。さっき到着した便で地球から戻って来たよ」  ジンはテルミの方をチラリとだけ見て、ぶっきら棒に返した。 「定期の『リフレッシュ』ですよね? いい休暇でした?」   「ふん! オレの生活拠点はデイモス(ここ)にしか無ぇ。規則だから3年に一度、地球へ行かざるを得んが……別に、ずっとこっちでも問題ねぇよ」  吐き捨てるように、ジンが呟く。 「はは……仕事好きですもんね、ジンさん」 「好きとか嫌いとかじゃねーよ。単にその方が慣れてて気が楽なだけさ」  気のせいか、少しむくれたような表情をジンが見せた。 「ところで……テルミ、お前その格好は火星(した)に行っていたのか?」  テルミの作業服姿を、ジンが指差す。 「はい!定例のローテーションです。今回は本職の『機械の世話』ではなくって、『火星牛・火星豚』飼育の手伝いでしたけど」 「豚か……最近は飼育頭数が増えて人手が足らないって、地球でも聞いたな」 少しぼぅとしていたジンの顔が引き締まる。仕事モードのスイッチが入ったのだろう。 「だが忘れるんじゃねえぞ。オレらの本職は牧畜じゃねえ。この巨大な『デイモス・ステーション』の電源、給排水、空気循環、又は建物全般を預かる『施設管理技術者(プラント・エンジニア)』だからな!」 999af8e4-20c3-4dd0-9177-2b891ab8eec4 ※ ど~はん様、渾身のイラスト!(><;) 実に170ものレイヤーを重ねて作られた傑作、主人公の『テルミ』です!  相変わらず光の処理が素晴らしいの一言ですね。作業服のテカリ具合が実に立体的です。  ちなみに、右手に持っているのは充電ドライバーです。今でこそホムセンでも普通に売られている工具ですが、元々は無重力空間でネジを回すために開発された宇宙用品だったそうです。(宇宙服は普通のドライバーを使えるほど手が自由には動かせないから)  左手首の腕時計のようなバンドは、通話やメッセージのやりとりをするハンディターミナルです。よーく見ると時間を表示してるのです。細かいっ!  また、左手に持ってるのは本文中に出てくるハンディ・ブースターです。この部分について、私のイメージが言葉では上手く伝わらなかったので「こんな感じのものですよ」とラフなスケッチを書いたところ、それがそのままスキャンされて採用されたという(^^;) 『何だ、この大根2本』なんて言わないでくださいね(汗  
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